古典は栄養剤、もっと身近に 村田純一さん
関西のミカタ 村田機械会長

関西タイムライン
2020/10/21 2:01
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むらた・じゅんいち 1935年京都市生まれ。京都商工会議所会頭だった2007年、「源氏物語千年紀委員会」会長に就任。08年の記念式典で「古典の日」の制定を宣言。09年から「古典の日推進委員会」の会長として古典の普及に尽力している。

むらた・じゅんいち 1935年京都市生まれ。京都商工会議所会頭だった2007年、「源氏物語千年紀委員会」会長に就任。08年の記念式典で「古典の日」の制定を宣言。09年から「古典の日推進委員会」の会長として古典の普及に尽力している。

■古典の日推進委員会の会長を務める村田機械会長の村田純一さん(85)が呼び掛け、古典文化の研究、普及、啓発に貢献した個人・団体を顕彰する「古典の日文化基金賞」が創設された。賞の運営のために私財を投じた村田さんは古典の現状に危機感を抱く。

古典というと、どうも堅苦しい。頭によぎるのは「受験勉強でイヤイヤやらされたよなあ」とか、日本人にとってはそういう感じ。大学に入ってみれば、教養課程では古典どころか、国語そのものをほとんどやらない。ヨーロッパの大学の教育で教養といえば歴史。医師、エンジニア、法律といった専門の勉強は大学院から。教養の土台がかっちりしてから自分の進むべき専門のことを始める。戦後の日本は大学がどんどんできて、教養も専門も関係なしの教育になってしまった。

イギリスのアーサー・ウェイリーが英語に翻訳した「源氏物語」を出版したのは90年以上前。欧米の人々は今もこの本を読んで日本という国の伝統や文化を理解している。(日本文学研究家の)ドナルド・キーンもそうだったし、日本に来る人はみんな、この本を読んでいる。実際に日本に来て、多くの人と話をすると、日本人のほとんどが「源氏物語」をちゃんと読んでいないことに驚く。そういう意味で日本は戦後、自国の文化への理解というものを失ってきたのかもしれない。

僕が考える古典はそんな難しいものばかりではない。過去の人々の知恵であり、毎日に余裕を持たせる栄養剤だと思う。難しい文献とかだけではなく、食べ物でも、演劇等々でも、毎日の生活に溶け込んでいる、日々をいかに楽しく暮らすかという術(すべ)みたいなものだ。

2008年11月1日に開いた「源氏物語千年紀」の記念式典で「古典の日」の制定を呼び掛ける宣言を発した

2008年11月1日に開いた「源氏物語千年紀」の記念式典で「古典の日」の制定を呼び掛ける宣言を発した

■源氏物語千年紀、「古典の日」の法制化など、京都から古典の普及を訴えてきた。

日本人の多くが京都にやって来る。神社仏閣だけではなく、京都には何かしらそういう古いモノが残っていて、食べ物もおいしいからだ。街を歩けば、すみずみにそういうにおいがする。源氏物語が書かれたのは1000年前、方丈記が書かれたのは800年前。下鴨神社など物語の舞台が今もそのまま残っている。

今はとにかく、東京一極集中。政治も、経済も、マスメディアも、学校も。明治維新以降、東京に全部集中して、効率的に近代国家をつくってきた。そのことで地方それぞれにあった文化とか、そういう日本の良さも失われていった。そうした中でも京都には「東京、何するものぞ」の気概がある。「東京行くようなヤツは都落ちや」という変な自信もあり、京都の企業が東京に本社を移すこともない。2008年の源氏物語千年紀で「11月1日を古典の日」と宣言して、12年には法律ができた。「京都で頑張ろう」とやってきてよかったと思う。

■古典の日文化基金賞の第1回の授賞式は21年9月3日に開く。

賞の創設を思いついたのは1年前。古典の日の法律には「古典を広げましょう」という文言もあるのにその後、何もできていない。それがちょっと寂しいな、と。古典というと学校関係とか、文化人とかという感じで一般の人には身近ではない。学者の難しい研究とか、歌舞伎とか、能とか、そういうものだけではなく、毎日の生活の中で実践している人、子供たちに教えようとしている人。街の中でそんなレベルの活動をしている人にやる気を持ってほしい。研究、普及、啓発の3つの活動を対象に表彰するのはそういう思いがあるからだ。

今の子供は生まれたときからデジタル。スマートフォンでゲームばっかりやっている子供たちにも日本の先人が残したいいものを楽しんでほしい。受賞者の活動は盆踊りでもいい。長く続いているのはいいものだから。そういうものを掘り起こしていきたい。

(聞き手は池光靖弘)

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