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初の洋式製糸工場、前橋市が模型完成 将来の復元に道

国内初の洋式器械(きかい)製糸工場である藩営前橋製糸所。現存しないその製糸所のジオラマ(情景模型)を前橋市が作成した。3年前に都内の大学で関連資料が発見されたことが契機になった。ジオラマの完成は製糸所の価値を伝え、復元へ道を開くことになる。

完成した藩営前橋製糸所のジオラマを手にする手島氏(左)や前橋市の山本龍市長(右)ら

製糸業で栄えた前橋の新たなシンボルになりうるだけに関係者は今回の成果に期待を寄せている。「今年は前橋製糸所の創業150年周年。記念すべき年に市民に見てもらえるようになった」。ジオラマ作成に携わった群馬地域学研究所(前橋市)の手島仁代表理事はこう感想を述べる。

1878年(明治11年)に撮影された藩営前橋製糸所=宮内庁提供

前橋市が作ったジオラマは幅16センチ、奥行き23センチ、高さ20センチで実物の50分の1。一緒に建物の3D映像も作った。かかった費用は約100万円。繭を煮る道具など12台の器械が内部でどのように並んでいたのかが分かる。

ジオラマは実物の50分の1の大きさで作られた

前橋製糸所は1870年(明治3年)に前橋市で創業した。スイス人技師ミューラーの指導を受けて作られた初の洋式器械製糸工場だが、現存せず、今は跡地に石碑が建っているだけだ。

前橋製糸所について手島氏は「日本の近代史を考える際に非常に大きな意義を持つ」と語る。各地から伝習者を受け入れて器械製糸が全国に広がる原点となった。日本の蚕糸業が近代化して当時の日本を支える主産業となる礎を築いた。

しかし建物が残っていないため、前橋製糸所の2年後に創業した富岡製糸場(群馬県富岡市)の陰で忘れられていた。富岡製糸場など県内4カ所が2014年に世界遺産として認定された「富岡製糸場と絹産業遺産群」にも前橋製糸所があった前橋市は入ってない。

そこで市では手島氏が職員だった14年から「生糸(いと)のまち・前橋発信事業」を開始。講演会やシンポジウムの開催などを通じて前橋製糸所の歴史的な価値をアピールしてきた。このなかで市民から復元を求める声もでていたという。市で検討されたが、資料は1878年(明治11年)に天皇に献上された写真などわずかしかなかった。

転機となったのが2017年。今の東京・虎ノ門に1873年(明治6年)に建てられた「葵(あおい)町製糸場」の図面が東京農工大学で見つかった。この製糸場を指導したのが同じスイス人技師のミューラーだった。同大学が図面を元にこの製糸場のジオラマなどを作成したことがヒントになり、前橋製糸所の内部構造も解明できた。

前橋市は作成したジオラマを情報発信やまちづくりで活用する方針。その一環として11月に市内の絹関連遺産を巡るスタンプラリーを実施する。期間中に美術館「アーツ前橋」で展示予定だ。

折しも市内では観光振興やIT関連の企業誘致など、市活性化に向けて新たなまちづくりの動きが広がっている。年内には、江戸時代創業の旧白井屋旅館をルーツに持つホテルの再生プロジェクトが完成する。同旅館は森鴎外ら多くの著名人を顧客に持ち、製糸業で栄えた前橋を象徴する存在の一つだった。

前橋製糸所の将来の復元について、手島氏は「市民の理解を得て復元できれば市のシンボルになる。今後のまちづくりのなかで位置づけられ、復元されるのが一番望ましい」と話している。

(前橋支局長 古田博士)

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