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ダーシェンカ 作家 川上弘美

学生時代からの友だちには、犬好き猫好きばかりそろっているのに、わたし一人が人間以外の哺乳類と暮らしたことがない。

人間の身の回りのことごとの処理だけで、わたしの勤勉許容量は満タンなのだ。友と鍋を囲んだりバーベキューをしたりするのが苦手、という性向も、たぶん大いに関係している。行列のできるお店には決して行かない、向かい合う席は嫌いで横並びが好き、なども関係しているかもしれない。

なのに、カレル・チャペック著『ダーシェンカ』という本に、数年前から心を射抜かれている。チャペックが飼っていたテリアの子犬ダーシェンカについての本である。シンプルな線で描かれた絵、写真、観察の文章、子犬のためのお話などからなる。

自分はこの先も絶対に犬や猫を飼わないだろうと思っているのに、くいいるように、この本の中の、チャペック自身の手になる絵や写真を眺めてしまう。そして、「可愛(かわい)い」という概念を凝縮したらダーシェンカになるに違いないとまで、思ってしまう。

この、わたしにとっては魔法のような本を書いた5年後、1938年のクリスマスの日に、チャペックは風邪が元となって48歳で亡くなる。ナチズム批判を含む作品を書いていたため、翌年ドイツがプラハを占領した時には、ゲシュタポがチャペック邸を襲ったそうだが、すでにその時、彼は儚(はかな)くなっていたのである。

天国の存在を、わたしは信じていないが、ダーシェンカとチャペックが共に過ごしている天国ならば、あってほしいとひそかに願ってしまう。犬を愛さないわたしがそこに行くことは、おそらくないだろうけれど。

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