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スポーツは楽しむもの 日本の指導法は正しいか

ドーム社長 安田秀一

競泳で4つの五輪メダルを獲得した松田丈志さん(2012年4月、公開練習)

米スポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店、ドームで社長を務める安田秀一氏のコラム。今回はオリンピアン2人と語り合った前回の続きです。子どもが最初に体験する水泳とスキーが話題になり、同氏はショックを受けたようです。そして自身の経験も重ね合わせ、スポーツと教育、スポーツと民主主義を論じていきます。

◇   ◇   ◇

前回のコラムでアルペンスキーの皆川賢太郎さん(43)の実家、新潟県の苗場のペンションに競泳の松田丈志さん(36)と一緒に訪れ、3人で日本のスポーツの将来からお互いの人生観まで語り合ったことを紹介しました。その中で盛り上がった話題の一つに「子どもたちへのスポーツの指導法」がありました。

発端は松田さんの「太ももの尋常じゃない太さ」でした。さぞかしすごいキック力なのだろうと思いました。ただ、僕の知っている限りの情報でも、自由形の中距離以上ではキック数を抑えます。そこで「松田さんのハムストリング、スゴいですね。クロールでバタ足はどのくらい重要なんですか?」と聞くと、意外な答えが返ってきました。

「世界的に推進力は腕のストロークが7、脚のキックが3くらいと考えられています。キックは前に進むよりもむしろ体全体の姿勢やバランスを保つために重要です」

最初にバタ足、なぜ?

ん? ちょっと待ってよ、と言いたくなりました。僕の勝手な認識では、バタ足の威力は半端ないゆえエネルギー消費量も多い、よって中距離以降の距離ではキック回数が減る、という理解でした。それがそもそも威力がないってどういうこと? という疑問を持ちました。そこには、僕自身の幼少期、プールの授業で最初にバタ足ばっかりやらされた「嫌な経験」が背景にあったからです。

まずは壁に手をついてバタバタ、次はビート板を使って顔を水につけてバタバタ……と必死にバタバタしても全然前に進んでくれないし、何より苦しくて苦しくて……と、その時の「嫌な記憶」が鮮明によみがえります。

「ちょっと待ってくださいよ! それならなぜ、僕らは最初にそもそもイケてないバタ足ばっかりやらされて、あえて苦しい思いをさせられたんですか!? 水泳嫌いになっちゃうじゃないですか?」と、目の前にいるメダリストに素人代表としてかみつきました。すると松田さんは苦笑しつつ、「ですよね……。僕にもやっぱり分からないです。まず苦労して、そこからはい上がってこいよ、っていう日本あるあるじゃないですか……」と、答えてくれました。でも、さすがはTVコメンテーター、すぐさまこう切り返してきました。

「んじゃ、アメリカは何から教えるか知ってますか?」

むむむ!

皆川さんは「顔をつけないで平泳ぎ!」と答え、僕は「豪快に前に進むクロール!」と答えました。すると松田さんは勝ち誇った顔で、「正解は、背泳ぎなんですよ」と答えました。とても意外な答えに2人とも「えーっ!」となりました。

「まずは顔を水につけないで、水に慣れさせること。それから浮く感覚を身につけて楽しく泳がせるんですよ!」と松田さんの説明は続きました。僕は「それじゃ僕を含めて日本の子どもたちがなんか損をしているみたいじゃん!」みたいなクレームを入れると、松田さんはその矛先を皆川さんに向け、こう問いかけました。

「賢太郎さん、スキーはどうなんですか? 何から教わるんですか?」

初めて出会ったスポーツが「スキー」だった僕は、その質問に「横入り」して答えました。

幼いころ、スキーはつらい記憶ばかりが残っているという安田氏(左から3番目)=ドーム提供

「スキーなんてもっと最悪ですよ! 東京生まれで、親元を初めて離れた4歳の子どもで、ひもすら結べないのに、重たいスキーブーツを自分で履かせられて、ただでさえつるつる勝手に滑っちゃうのに、カニ歩きで斜面を延々と登らされて……」と、悪夢だった当時の体験が蘇り、せきを切ったように皆川さんに詰め寄りました。

皆川さんも苦笑しながら、「いやー、本当に日本あるあるですよね。水泳とはちょっと違うけど、アメリカではブーツも大人が履かせてくれて、その場で少しスキーに慣れさせたらすぐにリフト乗って、滑る楽しさを体験させますよね」。

いずれも、僕にとっては「嫌な体験」でしたが、幸運にも少年時代の僕は「こんちくしょう!」と思えるタイプでしたので、なんとか乗り越えることができたと思ってます。そんな僕からしても、海ではゆっくりと背泳ぎしてるのが最高に気持ちいいし、スキーでは自力で斜面を登ることはありません。

「スポーツ」は英語の名詞です。そして「Play」という「遊び」という意味の動詞を用いて文章となります。つまり「楽しむ」という目的の活動がスポーツであるということです。ところが日本ではその目的を受け入れずに、無理やり「修行」に持っていってるように思います。その一例に、こうあるべきだとして、「○○道」などという言葉がすぐ登場します。柔道や茶道のように、きちんと定義されたものならいいのですが、それが野球道や相撲道となると、各個人の感覚に委ねられた勝手な「道」になってしまいます。野球はそもそもベースボールであり、修行とは対極にあるPlayが起源です。相撲は日本の国技ですが、興行として発展してきた歴史があり、「相撲道」の解釈の相違によって、相撲協会が紛糾したことは記憶に新しいところだと思います。

スポーツは教育ではない

スポーツはあくまでもスポーツであって、教育ではありません。もちろんスポーツは教育に資するもの、つまりはリーダーシップや戦略的思考、協調性など多くのことをスポーツを通じて学ぶことができますが、それはあくまでも副産物であり、スポーツの目的は教育ではありません。スイミングスクールやスキー学校が「教育機関」ではないのも明確です。

アルペンスキーで五輪4大会に出場した皆川賢太郎さん(2006年4月、ジムでのトレーニング)

その上で、スポーツがもたらしてくれる副産物を手にするためには、どんな競技であっても「楽しい」という「きっかけ」が不可欠だと思います。僕はたまたま幼少期のストレス耐性が強かったので、スキーも水泳も壁を乗り越えることができましたが、人はそれぞれで得手不得手があるものだし、特に子どもで言えば成長の仕方は個々で大きく違います。頭や心より身体のほうが先に大きくなる子どももいれば、身体は小さくても脳みその発達が早い子どももいるでしょう。そんな多様性のかたまりのような子どもを十把ひとからげにして、「まずは苦労を乗り越えろ!」とすることに、少なくともスポーツの明るい未来はないように思います。

もちろん、楽しむべきスポーツも上達するには厳しいトレーニングが必要なのは当然です。皆川さんも松田さんも、常人には考えられないような厳しいトレーニングを経て、世界を相手に戦えるレベルになったのは言うまでもないでしょう。ただ、上達すること、成長することの「楽しさ」を覚えたからこそ、どんな厳しいトレーニングも前向きに取り組むことができたと2人は口をそろえます。

楽しさよりもまずつらいことをさせる今の日本のスポーツ界において、才能がありながらもその競技を辞めてしまった子どもは決して少なくないでしょう。

とはいえ、昨今の日本のスポーツの指導法も変わってきたこと、選択肢が増えていることは事実です。でも、一方で情報が一瞬で拡散される時代となり、以前なら表に出なかった部活でのいじめや体罰指導など衝撃的な映像を目撃したりもします。たとえ選択肢が増えても、スポーツはもとより、日本社会は指導する人が支配的な立場をつくる傾向にあるように感じます。前回のコラムのテーマだった中央と地方の関係もそれに当たります。

NFLヨーロッパでコーチをする安田氏(芝生の上、左から2番目)=ドーム提供

僕は28歳の時、アメリカンフットボールのプロリーグである「NFLヨーロッパ」のチームにコーチとして帯同するという幸運に恵まれました。インターン募集で採用されたのですが、そのときに出会ったあるベテランコーチの言葉が今も忘れられません。激しいスポーツのコーチではありますが、彼はいつでも穏やかで声を荒らげる場面は見たことなく、常にニコニコしている人でした。そんな彼の周りにはいつでも誰かしら選手がいて、アメフトの話はもちろん、雑談や人生相談など色々な話をしていたのがとても印象的でした。

僕もそのコーチに質問をしました。

「コーチはなぜ叱ったりしないのですか? 選手を指導する時に、何か方針があるんですか?」

すると、彼は僕をベンチの横に座らせてこんな話をしてくれました。

「シュー(僕のニックネーム)、私も選手も"フットボールという先生"から共に学んでいる生徒なんだ。選手やコーチだけじゃない。マネジャーも、ビデオ係もトレーナーも、君も、僕も、役割が違うだけで、みんなフットボール先生から学ぶ生徒なんだ。僕はこの業界でもう40年以上コーチをしているけど、今でもフットボール先生から学ぶことばっかりだよ。こんな歳になっても成長させてもらえるなんて、最高の仕事だろ。怒ったり怒鳴ったりする理由なんてどこにもない。ましてや上とか下もない。みんなで学んでいるんだから」

そう語るコーチの顔はいつもにも増してニコニコして、本当に楽しそうでした。

「そうか、僕らはフットボール先生に学ぶ生徒か!」

この教えに心の底から共感しました。これこそスポーツの真の価値だと感じました。それぞれの立場でスポーツから学び、みんながそれぞれの成長を楽しむ。そう考えると、失敗も敗北も学びであり、学びは成長につながり、成長は喜びをつくり出してくれる。当たり前ですが、体罰やいじめ、パワハラ行為など起きるはずがないのです。その教えが、僕の会社の経営や子育てに大きな影響を及ぼしたことはいうまでもありません。会社では「仕事が先生」だし、子育てでは「いい人生が先生」です。僕も娘も息子も「いい人生とは?」という課題から共に学ぶ生徒なのです。

長らく続いた封建社会を経て、日本は民主主義を選びました。ならば、もっともっと謙虚に民主主義を感じ、学び、実践し、修行的思考や、そこから生まれる支配構造を変えていくことが重要だと思います。スポーツの指導現場は、その意味ではとても分かりやすく、身近な実践の場になるのではないでしょうか。指導者は支配者ではありません。「スポーツが先生」で、監督もコーチも選手も父母も、みんなそこで学ぶ生徒です。成長という「喜びの果実」を手に入れる方法をみんなで考え、みんなで勝ち取っていく。それこそが「スポーツの醍醐味」だと僕はそう思っています。

「いやー、そうですね、スキーの現場を変えたいですね!」「背泳ぎから始めますか!」

そう豪快に話す2人のオリンピアンから、日本の未来の光がキラリと差し込みました。スポーツの現場がより楽しくワクワクし、キラキラと輝いていくこと。そして、その光がいつの日か日本の隅々までキラキラと照らしますように。

安田秀一
1969年東京都生まれ。92年法政大文学部卒、三菱商事に入社。96年同社を退社し、ドーム創業。98年に米アンダーアーマーと日本の総代理店契約を結んだ。現在は同社代表取締役。アメリカンフットボールは法政二高時代から始め、キャプテンとして同校を全国ベスト8に導く。大学ではアメフト部主将として常勝の日大に勝利し、大学全日本選抜チームの主将に就く。2016年から18年春まで法政大アメフト部の監督(後に総監督)として同部の改革を指揮した。18年春までスポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」の委員を務めたほか、筑波大の客員教授として同大の運動部改革にも携わる。

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