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老舗菓子たねや 売上高7割減からの復活で得たもの

たねやの洋菓子部門では若いシェフらによる新しい菓子が次々に商品化された(写真:宮田昌彦)
日経ビジネス電子版

和洋菓子の老舗、たねやグループ(滋賀県近江八幡市)は前年同期比で7割減少していた売上高がほぼ前年並みまで回復している。その裏では、全社員による危機感の共有や企業の存在意義の再確認など、経営の基本に立ち戻った取り組みを進めていた。たねやがピンチをチャンスに変えていった軌跡を追った。

「このまま行くと、年内に倒産することになる」

日本中で新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた4月。同グループの洋菓子部門「クラブハリエ」を率いる山本隆夫社長は、ウェブ会議のモニター越しに、十数人のシェフたちに向けてそう訴えた。そしてこう続けた。「でも、僕は社員を1人も解雇するつもりはない。だから、みんなが1ミリでも前に進めるように、できることをすべてしよう」

多くの企業の業績を直撃したコロナ禍。たねやも例外ではない。緊急事態宣言が発出された4月、直営店と全国の百貨店に入居する店、合わせて48店を休業。売上高は前年同月に比べ約7割減少した。

しかし、社長から若手まで「全員野球」で需要回復に取り組み、6月には前年同月比9割にまで売り上げを戻し、長期化するコロナ禍の中でも勢いを保っている。名だたる老舗菓子メーカーが相次いで事業縮小を余儀なくされる中、たねやはなぜ復活できたのか。

3月下旬、感染者が着々と増え、ロックダウン(都市封鎖)という言葉がメディアをにぎわし始めた頃、山本社長は148年にわたるたねやの歴史を絶やさないために、今何をすべきか必死で考えていた。

思い浮かんだのは、若い社員たちの顔。たねやの売上高は約200億円、従業員数約2000人と、虎屋(東京・港)に匹敵する老舗菓子の大手だ。社員全員が経営の担い手としての自覚を持ち、全力を尽くせば事態は打開できる。危機意識を共有することが、その出発点だと考えた。

商品づくりや店舗運営など重要事項を話し合う十数人のシェフとのミーティングは、コロナ前までは月1回程度だったが、オンラインに切り替えつつ週1回と密度を高めた。その会議の場で、山本社長は4月の業績に基づいた売り上げ予測のグラフをメンバーに示し、冒頭の言葉を投げかけた。下降線を延長していくと年内に売り上げがゼロに達するというショッキングなものだった。普段、業績数値などほとんど口にしない山本社長が突きつけた厳しい現実。モニター越しに空気が張り詰めるのが分かった。

危機感を共有した後、山本社長は、シェフやその他の社員と、コロナ下における自分たちの存在意義について、時間をかけて話し合った。未曽有の災厄を前に、「不要不急の商品」(山本社長)を扱う菓子店が果たすべき役割とは何なのか。行き着いたのが、「お菓子を食べることは家の中でできる幸せの1つ。それを届けることが自分たちの使命」だという、商いの原点だった。やがて社員一人ひとりが、自分に今できることを考え始めた。

一発OKの商品も

社員の提案から実施された菓子のドライブスルー販売

最初の復活の芽は、30歳前後の若手シェフたちの手によるものだった。彼らが試行錯誤の末に生み出した通販向けの新商品が次々にヒットを飛ばし始めたのだ。5月20日に、自社の通販サイトで売り出した約1500円の「スフレチーズケーキ」に注文が殺到。発売から数時間で用意した200個が完売した。2000円以上するケーキが発売から数分で400個完売したこともあった。

「私の前に試作品を持って来るときの、顔つきがまるで変わった」と山本社長は振り返る。シェフが新しい商品を世に出すには、グランシェフ(総料理長)でもある山本社長の厳しい審査をクリアしなければならない。若手シェフは何度もダメ出しを受け商品化まで3~4年かかることもあるが、「『この新商品で、会社を救うんや』といった意気込みで、自分なりのアイデアや思いをぶつけた試作品を持ってくるようになった。『一発OK』の商品まででてきた」と山本社長は驚く。

営業自粛期間中も、社員が率先して動いた。顧客との絆を絶やさないために、5月上旬の4日間、現場社員が主導して工場併設の敷地でドライブスルーでの販売も実施した。店の前には30台余りの長い車列ができ、1週間に延長した。「頑張ってるね」と励ましの声をかけてくれる顧客も少なくなかった。

山本社長自身が先頭に立ち、新しい需要開拓に奔走したことが、社員の動きを後押しした。

6月にはSNS(交流サイト)のインスタグラムで、山本社長が家庭でできるお菓子作りやたねやの生産現場を紹介するライブ配信を開始。シェフたちもこれに加わり、配信は50回を超えた。ライブの視聴者に参加してもらい、新商品を開発するという新しい試みにも挑戦。新しいファンをつかむことにも成功した。

主力の販路である百貨店が集客面で苦戦する中、山本社長はいち早く新しい販路も開拓。同社の商品は、いわば百貨店でしか買えない高級菓子。それでも、緊急事態において販路にはこだわらなかった。

6月下旬から全国のイトーヨーカドーとセブンイレブンの一部店舗、生協の宅配での販売を開始。セブン&アイ・ホールディングス担当者からは「たねやの商品は高根の花だった」と言われた。しかし、山本社長は「こんなときにブランドイメージのほうが大事だと言っていることのほうがおかしい」と振り返る。自社の存在価値とは何なのかを考えたあげく、求めているお客がいる限り、販路の種類を選ぶことはしない。それが同社の出した答えだった。

コロナ禍で人が育った

食品スーパーやコンビニでの新しい販売手法を検討するための専門チームも発足。危機を糧に、多様な販売網に対応できる人材を育てる。誰よりも汗をかき、先頭に立って困難と向き合う。そんな山本社長に触発された社員は少なくなかった。

「彼らは(コロナ危機という)パンチを食らって、真剣に自分の使命や、お客様や仲間との絆について考えるようになったと思う。平常に戻ったとき、たねやはすごく強い会社になっているんじゃないか」。かつてない危機が、次の成長を支える「人」を育てる好機に変わった。

復活劇の根底にあったのは、自社の役割が何であるかを理解することでもあった。そこから出てきた答えが「お菓子を届ける」ことであり、同社はそれを達成するため、次々と手を打った。148年の伝統に縛られない挑戦し続ける姿勢が、実を結んでいる。

(日経ビジネス 中山玲子)

[日経ビジネス電子版 2020年10月19日の記事を再構成]

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