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プレステの父・久多良木氏、AIトップ就任で目指す世界

久多良木健(くたらぎ・けん)氏 アセントロボティクス代表取締役兼CEO。1950年東京生まれ。75年ソニー入社。93年ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)を設立し取締役開発部長就任。94年に初代「プレイステーション」を生み出す。99年社長、2006年会長兼グループCEO。03年ソニー副社長兼COO。07年ソニー・コンピュータエンタテインメント会長を退任。2009年サイバーアイ・エンタテインメント設立。アセントロボティクスでは18年から社外取締役。20年8月末より現職。(写真:吉成大輔)
日経ビジネス電子版

AI(人工知能)を開発するスタートアップのアセントロボティクス(東京・渋谷)は9月18日、元ソニーの久多良木健氏が8月26日に代表取締役兼CEO(最高経営責任者)に就任したと発表した。久多良木氏は家庭用ゲーム機「プレイステーション」の生みの親で、ソニーの副社長COO(最高執行責任者)を務めた。2007年にソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)の会長を退任。自らの会社を立ち上げる傍ら、情報アプリのスマートニュース(東京・渋谷)など複数の企業の社外取締役を務めていた。

アセントロボティクスは自動運転向けのAIを手掛けるスタートアップ。久多良木氏は2018年から社外取締役を務めてきた。今回、13年ぶりに企業のトップに就任する形になった久多良木氏。AIスタートアップの経営トップを引き受けた背景や目的を聞いた。

――AI(人工知能)スタートアップのアセントロボティクスの経営トップに就任されました。アセントには18年から社外取締役に就いていましたね。

「AI関連の会社への関心が高く、自動運転やロボティクスを手掛けるアセントは面白いスタートアップだと思っていた。創業者の1人である石崎(雅之氏、現COO=最高執行責任者)さんと、プレステの開発メンバーが友人だという縁もあった。面白いと思っていたアセントからオファーを受けたので、喜んで就任した」

――社外取締役就任から2年たった今のタイミングでCEOに就任したのはなぜですか。

「一般的に言って、スタートアップにはファウンダーの強い思いがある。ただ、それだけでは次のステージに上がるのに苦労する。米シリコンバレーもそうだが、事業経験が豊富な人材の力が必要になってくる」

「しかも新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっており、スタートアップには逆風だ。大手と違って何から何まで自分でやるのは難しいスタートアップは、色々な局面でコロナ禍の悪影響を受けて苦しんでいる」

「アセントは自動運転分野で大手企業とコラボレーションしてきたが、自動車大手は米テスラを除くほとんどの会社がトーンダウンしてしまった。自動車メーカーが現業を優先している今はモラトリアムといっていい状態だ」

「しかも自動運転は期待ほど進んでいない。(米アルファベット傘下の)ウェイモを含めてそんなに簡単に実現できるものではないからね。巨費を投じてさまざまな企業が動いているものの、リアルな街で自動車を完全自動運転で動かすにはまだまだ時間がかかる。スタートアップも『開店休業』の状態。それではいかんよねという思いがあった」

CEOは無理と断ったけど……

――アセントも変わらなければいけないと。

「そう。変わらないといけない。スタートアップは技術開発もビジネスモデルもそうだけど、うまくピボットする必要がある。同じことにこだわっていてもダメ。業界全体でホールドアップしていては潰れてしまう」

――CEO就任は、自ら手を挙げたのですか。

「うちのボードメンバーから『クタちゃんしかいないから』と言われた。自分の会社もあるし、企業の社外取締役や大学の仕事も複数抱えているし、コロナで家事もやらなきゃいけない。だから一度は『無理』と断った。でも、技術的にはめちゃくちゃエキサイティングな領域なんだよね」

――やっぱりエンジニアとしての血が騒ぐ?

「忙しくて無理なんだけど血が騒ぐ、というね。今、どう見ても日本は疲弊している。アセントの社外取を務めてきたが、AIやロボティクスの業界でイノベーションをけん引できそうな人材は少ない。じゃあ、自分がやらなきゃいかんかなと」

ターゲットは製造や物流

――09年に自ら立ち上げたサイバーアイ・エンタテインメントを除けば、13年ぶりの企業トップ就任です。自動運転技術の開発が停滞する中、CEOとして目指す方向性は。

「次の領域を狙う。自動運転を本当に実現するには社会インフラも変えなきゃいけないんだけど、インフラの整備にはまだまだ時間がかかる」

「それより今求められているのは、製造現場や物流でのAIやロボティクスだ。多くの会社がロボットを手掛けているが、センサー、カメラのプレーヤーが個々に動いていて、細かい領域でシステム会社がカスタマイズしている状態にある」

「家電では(構成要素の)レイヤーを決めたことで標準化が進んだが、ロボットはまだまだ。こうした日本のロボット業界に危機感を持っている。それに加えて、国際的な競争力の低下も危惧している。中国は当初は日本のロボットが入ったけど、すぐにコピーしちゃって独自のロボットシステムを構築し始めた。さらに、清華大学や北京大学に加えて、米スタンフォード大学などからの帰国組を含めて最先端のAIエンジニアを抱えている」

「日本は電機業界がダメになって、自動車も『CASE』時代になって危機にさらされている。ロボットはもっとやばい状況。リーダーシップがないので(自分が)やるしかない」

――製造現場や物流でどのような用途の開拓を目指しますか。

「コロナは旧来型の産業には厳しいけど、『ズーム』や『アマゾン』のようにチャンスを迎えている産業もある」

「製造と物流のどちらも、多種多様な品種を手掛けるデマンドが強くなっている。さまざまな商品を人間と協調しながら高度に自動化したい。今のロボットは固定されているし、動けても限定的。もっとフレキシブルにしていきたい。モビリティーとロボットを組み合わせて自動運転のように動き回るものはありそうでない」

(写真:吉成大輔)

「アセントはこれら2つの技術を手掛けている珍しい企業だ。自動運転の『レベル4』実現の壁は高いが、それに向けて開発してきた技術は製造や物流現場で生きる。面白い領域だ」

――久多良木さんは社内でどんなところに力を入れていくのですか。

「会社全体を引っ張り、事業を伸ばしていくのが僕の役割。研究テーマやチームビルディングなど全部見直すつもりだ。想定するパートナーも変わっていく。変わるというより増えると言ったほうがいいかもしれない」

――パートナー企業はどう増やすのでしょうか。

「増やしていきたいけど、ソニーと違って小さいので、確実に組めるところから少しずつね。『久多良木さんがやるなら』と、我々と同じことを考えるプレーヤーが出てくるかもしれない。業界が活性化するきっかけになればいい」

「ソニー時代もプレステを出したから、米マイクロソフトの『Xbox』が出てきて、今は米グーグルや米アマゾン・ドット・コムもクラウドゲームに進出している。プレステがなければゲーム機はおもちゃのままだったからね」

エンタメロボットをやる気はない

――開発領域は製造や物流に絞るということですか。

「孫さん(ソフトバンクグループの孫正義氏)の『ペッパー』やソニーの『aibo(アイボ)』のようなエンターテインメントロボットをやる気はまったくない。きちんと仕事をこなすインダストリアルなロボットをやりたい」

「製造現場のロボットは可能性があるしデマンドもある。生産性が倍になったら楽しいでしょ。ネットワークで製造管理から在庫管理までつながれば世の中がもっとハッピーになっていく」

――とりわけハードウエア企業との連携が必要になりそうです。

「必要だね。我々はハードはできない。AGV(無人搬送車)やAMR(自律移動型のロボット)を手掛けている会社はたくさんある。日本にもあるし、中国や台湾の企業も候補だ。そういった会社にはすでにコンタクトしている。僕の名前を言えば、うちをいいかげんな会社だとは思わないだろうし、少なくとも話は聞いてくれる」

――企業の社外取や大学などの他の仕事をやりながらCEOの役割を担うのは難しくありませんか。

「すでに僕のスケジュールは毎日パンパンに埋まっているけど、やるしかない。なんとかなるかな。僕だけが動くわけではないので、皆を巻き込んでいきますよ」

(写真:吉成大輔)

――アセントで取り組もうとしているAIやロボティクスの世界は、07年にソニーを辞めてからやりたかったことなのでしょうか。

「僕自身、コンピューターが好きで、この次はAIをやりたいと思っていた。さりとてグローバルなレベルのAI研究所をつくれるわけでもないから、(退任後は)もう少し人生を楽しもうかなという心境でした。誰も信じないけれど、もう古希(70歳)になったわけ。ゆっくりしようとは思わないけどね」

「ところが今回、コロナ禍で世界中がリセットされたわけでしょ。産業が一気に変わる可能性が出てきた」

AIのムーブメントを引っ張る

――新興勢力には大きなチャンスになりますね。

「それと、引退したようなふりをしている人にとってもいい機会になる。日本は既存事業が疲弊していて、『なんだかなあ』という思いはあった。ただ年寄りが出てきてああだこうだと言うのはみんな嫌だろうから黙っていました。でも、リセットされてイノベーションの競争になるところは年齢関係なく面白いよね」

――久多良木さん自身、AI業界で成し遂げたいことはあるのでしょうか。

「成し遂げたいというか、楽しみたい。自ら呼び水となってエキサイティングなムーブメントを引っ張っていきたいね」

(日経ビジネス 佐伯真也)

[日経ビジネス電子版2020年10月15日の記事を再構成]

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