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吉田拓郎と重なる 中銀の投資家救済(重見吉徳)

フィデリティ投信 フィデリティ・インスティテュート マクロストラテジスト

2020年は「パンデミック一色」といった感がありましたが、実は、日本が誇るシンガー・ソング・ライター、吉田拓郎さんのデビューから50年です(以下、敬称略)。

1970年、よしだたくろう(当時)は『イメージの詩』でデビューします。同年は日米安保条約が自動延長され、学生運動に参加した若者には敗北感が広がりつつありました。フォーク界は「関西フォーク」を中心とするプロテスト・ソングや反戦歌から、拓郎のフォーク・ロックや「四畳半フォーク」へと主役が移っていきます。

「砂地に太いホースで水をまく」と描写されたように、拓郎の自作自演の歌や硬派な振る舞いは、現実や体制に打ちのめされた若者たちの心を「救済」していきます。また、そうした「戦争」を知らない、ひとつ下の新しい世代は、日常や恋愛、個人そのものを自由に表現する拓郎の歌を支持していきます。

ただし、まもなく「レコード会社もフォーク調の曲を出せば売れるということに目をつけ、各社こぞってアイドルや歌謡歌手にそうした曲を提供し、フォークは(中略)気骨があった精神を希薄なものにして」いきます(なぎら健壱著『日本フォーク私的大全』)。

新型コロナウイルスのパンデミックは、温暖化やグローバル化など、経済成長や企業利益の優先に対する「母なる地球からの警鐘」(グテレス国連事務総長)ともいわれます。しかし、金融市場では警鐘どころか「勝者たちの救済(ベイルアウト)」という歌に針が落とされています。

当局はそれまで、リスクを目いっぱい取った投資家に警鐘を鳴らしていました。しかし、いざパンデミックが起きると、財政出動と金融緩和によって彼らをあっさりと「救済」しました。一方、米国では2000万人を超える労働者が職を失いました。労働者の一部は収入を上回る失業手当を手にしましたが、職場復帰は難しく、不安定な状況に置かれています。すなわち、格差はさらに拡大したわけです。

格差のさらなる拡大は、金融市場でも同様です。モメンタムやトレンドフォロー(順張り)の投資家たちは「救済」によって、さらなる高みに押し上げられました。一方、バリューやコントラリアン(逆張り)の投資家は、市場や価格機能に対する信念からテクノロジー株の隆盛にプロテスト(抵抗)を続けてきたものの、パンデミックによる経済停止によって、さらなる苦境に追い込まれました。

そして米国では、金融危機もバリューやコントラリアンの投資家たちの「戦争」も知らない新しい世代が、金融緩和を追い風に株式市場に参入しました。新興のオンライン証券会社、ロビンフッド社で投資を開始した「ロビンフッダー」と呼ばれる人たちです。証券会社は「千載一遇の機会」とばかり株式オプションの取引手数料を引き下げ、新しい投資家によるレバレッジの拡大を促しました。50年前と重なる風景です。

「パンデミックだから仕方ない」と思われるかもしれませんが、「勝者たちの救済」は必ずしもパンデミックがきっかけではありません。昨年の中盤に米連邦準備理事会(FRB)が利下げを始め、レポ市場に巨額の介入を行ったときからすでに始まっていたのです。

吉田拓郎は、ただひとり、自分のやりたいことを追求しただけで、ニュー・ミュージックを率いるつもりも、闘争に敗れた若者たちの心を救うつもりもありませんでした。もとより、長い髪を切って就職活動に臨むことを選択したのは、若者たち自身です。

一方で、それまでずっと勝者であったトレンドフォロワーたちを救済し、彼らにさらなるリスクテイクを選択させたのは、ほかならぬ中央銀行でしょう。特に、救済が生んだロビンフッダーたちは、相場の下落局面という「落陽」を経験していない分、彼らの売りが市場全体を巻き込むことに注意が必要でしょう。

ハーバード大学とシカゴ大学の研究者による論文Gabaix and Koijen(2020)は、効率的市場仮説に反し、株式市場への資金フローが株価の変動に与える影響はかなり大きいと指摘しています。ロビンフッダーらの資金は株価上昇に大きく寄与している可能性があります。

プロのポートフォリオは運用に精通したプロが独自の視点で個人投資家に語りかけるコラムです。
重見吉徳(しげみ・よしのり)
2002年大阪大大学院了(経済学修士)。農林中央金庫や野村アセットマネジメントで外債などの投資・運用業務に従事。JPモルガン・アセットマネジメントを経て、20年より現職。
[日経ヴェリタス2020年10月18日号]

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