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ボンドやルパンより深い謎 「寅さんの腕時計」に迫る

寅さんこと、車寅次郎のことを、かっこいいと思えるようになったのは、40歳を過ぎたころからだったと思う。若い頃には、あの少しずれた正義感で騒動を起こし、周囲に迷惑ばかりかける寅さんを、どうしても好きになれなかった。憧れの先輩たちの中に、少なからず寅さんファンを自称する人たちがいて、『男はつらいよ』について熱く語り合うのを聞いても、正直、まるでピンと来なかったのである。




「謎」多かった腕時計

ところが、社会人を20年以上続け、自分も少しは大人になったのだろう。数年前からDVDで『男はつらいよ』を見直すようになると、寅さんに対する感情はまったく違うものになった。人情があって隣人に優しい。確かに空気は読めないが、時に核心をつくセリフを繰り出す。行動力も人一倍で、思いついたらすぐに実践。言葉で相手を打ち負かすたんかは小気味よく、ディベート力は半端ない。ある意味では自分の"理想の男"像をそこに見たのである。

かっこいいと感じたのは、何も人間性ばかりではない。見た目的にも十分にイカしていた。かばんはいつもアンティークのトランク。雪駄の鼻緒はエキゾチックレザー(パイソン)で、底にコードバン(希少性の高いホースレザー)を用いた特注品だったという。もちろん、シャツやジャケットも寅さんのために仕立てられているのでジャストフィット。ビジネスパーソンで言うならば、スーツからシューズまでビスポークで固め、遊び心にヴィンテージの小物を使いこなす、といったところだろうか。

こうなると、当然、気になるのが腕時計である。実は、寅さんが愛用していた時計については、これまで多くが語られることがなかった。ジェームズ・ボンドやルパン三世の愛用時計については誰もがよく語るのに、なぜか寅さんの時計については誰も話さない。結論から言えば、1965年にセイコーが発売した、国産初のダイバーズウオッチ(セイコー1965メカニカルダイバーズ、型番6217-8001)こそが、寅さんがシリーズ初期に装着していた腕時計である。

シリーズ第5作『男はつらいよ 望郷篇』。夏の柴又と北海道を舞台にしたこの回を見ると、腕時計をしている様子を多く見ることができる。後で知ったことだが、なんと、この回のポスターにもデカデカと出ているではないか! なのに、なぜ、あまり語られなかったのか。その理由は複数考えられる。

ラバーバンド、なぜ変更?

一つは文字盤の色。セイコーのファーストダイバーは、文字盤がチャコールグレーなのだが、映画の中で時計を見ると、文字盤が黒く見える。たぶんこれは当時のフィルムの性能のせいだと思われるが、このことが、「寅さんの時計=セイコーファーストダイバーズ」と断定することを難しくした。また、本来であれば「トロピックバンド」と呼ばれるラバーバンドがついているはずなのに、映画内ではブレスレットに変更されていることも混乱を招いた。寅さんのベージュを基調にしたファッションには、確かに黒のトロピックバンドは少しスポーティーすぎる。きっとキャラクターに合うよう、ブレスレットに変更されたに違いない。

『男はつらいよ』の初期シリーズで寅さんがしていた腕時計の実物。ブレスレットはマルマン社製のものがつけられている

時計の発売年(1965年)と映画の公開年(1969年)の4年の時間差も、時計の確定においては少し気になった。一般的に、映画の主人公がつける時計は、特別な意味づけがされる場合を除いては、発売すぐのモデルが多いからだ。このようないくつかの理由から、たぶんセイコーファーストダイバーで間違いないとは思いつつも、広く喧(けん)伝するだけの自信が持てない人が多かったのではなかろうか。もちろん、自分自身も含めて。

寅さん愛用のゴールドの指輪が、当時の大船撮影所の近くにある時計宝飾店「コロナ堂」で作られたという話を耳にし、取材に行こうかとも思った。コロナ堂といえば、セイコーの時計を広く扱う時計店として知られている。ファーストダイバーズであれば、ここで購入された可能性もあるし、少なくとも当時のことを知る人の証言がとれるのではないか……。

セイコー プロスペックス 1965 メカニカルダイバーズ 復刻デザイン 男はつらいよ ビームス篇 2017年に復刻されるや2000本が即完売となった「セイコー1965メカニカルダイバーズ」の復刻モデルをベースに、ケースには耐食性に優れた「エバーブリリアントスチール」を採用。 自動巻き、SSケース、径39.9mm、52万8000円(税込み)、2色の強化シリコン製トロピックバンドを付属、ビームス ジャパン限定300本、11月20日発売(事前予約受付あり)

そうこうするうちに、この秋、セイコーから正式回答とも呼べるニュースが発表された。『男はつらいよ』の名を冠した「セイコー1965メカニカルダイバーズ」の復刻モデルが、ビームス ジャパンの別注モデルとして発売になるという。もちろん、松竹のお墨付き。山田洋次監督からは、この時計を見た時「おれがつけているからってニセモノじゃないよ 断っておくが、この時計はホンモノだよ」という寅さんのセリフまで飛び出たというから、これはもう間違いない。

寅さんの時計をめぐる冒険は、こうしてあっけなく終わった。それでも、寅さんがしたという腕時計の伝説は、これからもずっと語り継がれることになるだろう。

(文・安藤夏樹 写真・岩崎寛)

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