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ノーベル賞「ゲノム編集」 日本企業のビジネスチャンス

左からエマニュエル・シャルパンティエ氏とジェニファー・ダウドナ氏(出所:ノーベル財団)
日経ビジネス電子版

スウェーデン王立科学アカデミーが7日、2020年のノーベル化学賞の受賞者に選んだのは、生物の遺伝子を簡単に書き換えるゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」を開発したエマニュエル・シャルパンティエ氏と、ジェニファー・ダウドナ氏の2人だった。

クリスパー・キャスシステムは、細菌がウイルスから身を守るために持つ免疫システムだ。過去に侵入を受けたウイルスの遺伝子配列を正確に記憶し、同じ配列を持つ侵入者の遺伝子を切断する。

2人は11年から始めた共同研究でその仕組みを明らかにするとともに、生物のゲノムを自由に書き換えられる研究ツールになるというアイデアを提案した。クリスパー・キャス9はその後、遺伝子工学研究に不可欠なツールとして世界中で使われるようになり、早晩、ノーベル化学賞を受賞するのではないかとみられていた。

だが下馬評としては、ドイツのマックスプランク研究所のシャルパンティエ氏(12年に研究を発表した当時はスウェーデンのウメオ大学に所属)、米カリフォルニア大学バークレー校のダウドナ氏の2人だけでなく、第3の人物として米マサチューセッツ工科大学フェン・ザン氏の名前も挙がっていた。

実際、クリスパー・キャス9の基本特許としては、シャルパンティエ氏とダウドナ氏らの研究に基づくカリフォルニア大学バークレー校などのものと、ザン氏らの研究に基づく米ブロード研究所のものが共に成立し、係争が続けられている状況だ。ザン氏は、クリスパー・キャス9を用いてヒトやマウスの細胞のゲノムを編集したことを13年に発表しており、ブロード研究所の特許は動植物などの真核生物に対してゲノム編集を行うことを対象にしている。

ただ、クリスパー・キャス9の関連特許には、これ以外にもリトアニアのビリニュス大学や、韓国のツールジェン、米国のシグマ・アルドリッチなどが出願しているものもあり、混迷を極めている。クリスパー・キャス9を使った事業を検討している企業は、どこからどういう権利の許諾を受ければいいか頭を悩ませている。

それでも企業などによる事業化の取り組みは加速している。日本では、ゲノム編集技術により品種改良したトマトの事業化を進める筑波大学発ベンチャーのサナテックシード(東京・港)が、20年度内にγ(ガンマ)-アミノ酪酸(GABA)を多く含んだトマトの種子・種苗の試験販売を開始する計画だ。

また、京都大学と近畿大学の成果を基にして設立されたリージョナルフィッシュ(京都市)は、ゲノム編集技術を用いてマダイを品種改良し、養殖する事業に取り組んでいる。ミオスタチンと呼ばれる遺伝子を働かなくすることにより、通常のマダイより肉厚に改良する。

日本は乗り遅れていない

ゲノム編集したトマトやマダイは、従来の遺伝子組み換えによる品種改良とは違って、他の生物などが持つ外来遺伝子をトマトやマダイのゲノムに挿入するわけではない。もともとトマトやマダイが持っていた遺伝子を働かなくすることで、目的の性質を持たせている。

日本は、生物の多様性に関する条約であるカルタヘナ議定書の批准国であるため、遺伝子組み換え農畜水産物の栽培・飼育や流通に際しては、カルタヘナ法の規制を受ける。しかし、ゲノム編集をしたトマトやマダイはカルタヘナ法の規制の対象外だ。農林水産省などへの届け出は必要だが、外来遺伝子を導入していないため、早期の実用化が可能とみられている。

医療分野でも、8月に東証マザーズに株式上場したモダリスが、実用化に向けて研究開発を進めている。この会社はクリスパー・キャス9を応用して、ゲノムの狙った場所を切断して遺伝子を働かなくするのではなく、目的の遺伝子にたんぱく質を作らせる、あるいはたんぱく質を作らせないようにする技術を開発。希少な遺伝子疾患を対象とする治療法の開発を進めている。

クリスパー・キャス9を使った治療では欧米勢が先行しており、既に幾つかの会社が臨床試験を開始している。また、国立医薬品食品衛生研究所の2018年の報告によると、ゲノム編集技術を使った動植物に関する特許件数は、1位の中国が2位の米国の3.8倍と圧倒的に多く、3位が日本となっている。

ただ、日本でもゲノム編集農畜水産物を栽培・飼育、流通させるための制度的枠組みも出来上がり、事業化にチャレンジする企業も幾つか出てきているのは確かだ。ノーベル化学賞に選ばれた技術が生み出すビジネスチャンスに日本が乗り遅れているわけではない、と強調しておきたい。

(日経ビジネス編集委員、日経バイオテク編集委員 橋本宗明)

[日経ビジネス電子版 2020年10月9日の記事を再構成]

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