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ソフトバンク、アーム売却額に込めた成長シナリオ

グロービス経営大学院教授が「事業価値評価」で解説

ソフトバンクグループが先日、半導体設計の英アームを米半導体大手エヌビディアに最大400億ドル(約4.2兆円)で売却する契約を結んだと発表し、話題になりました。この金額は果たして高値と言えるのか、グロービス経営大学院の斎藤忠久教授が「事業価値評価」の観点で解説します。

【解説ポイント】
・英アームの売却スキームは現金と株式の組み合わせ
・米エヌビディアによる買収シナジーが高まればソフトバンク側の投資は成功
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【関連記事】孫氏、「水晶玉」英アーム売却 米エヌビディアに

現時点の投資利回りは低い

報道によると、今回の売却の対価は、以下の通りです。

(1)契約時に、ソフトバンクG及びアームに対して20億ドルの現金

(2)クロージング(取引成立)時に、ソフトバンクG及びソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)に対して100億ドルの現金と215億ドル相当のエヌビディアの普通株式

(3)アームの業績が最終契約において規定された一定の財務指標を達成することを条件としてソフトバンクG及びSVFに対して最大50億ドル(エヌビディア普通株式か現金のいずれを選択可能)

(4)アームの従業員に15億ドル相当のエヌビディア株式報酬を付与

このうち(3)は「アーンアウト」と呼ばれる取引形態で、事前に合意した財務目標をアームが達成した場合に支払われる成功報酬的な対価です。これは、業績見通し(つまり売却価格)に強気の売り手と弱気の買い手の間の溝を埋めることを目的として、買収価格を後付けで修正する意味合いがあり、業績見通しが不確実な環境下の買収時によく使われる手法です。

取引総額は400億ドルですが、(4)の15億ドルはアームの従業員に入るため、ソフトバンクG及びSVFに入る金額は最大385億ドルとなります。ソフトバンクGが2016年9月にアームを買収した時に支払った金額が243億ポンド(310億ドル)でしたので、4年間の投資利回りは税引き前で5.6%となります。この間、米国株式市場の代表的な指数であるS&P500の投資利回りが税引き前で10.2%であったことを考えると、投資事業を主業とするソフトバンクGとしてはかなり低い投資利回りといえます。これは果たして「高値での売却」と言えるでしょうか?

市場はシナジーに期待感

疑問を解く鍵は、売却対価の最大70%近くを占めるエヌビディアの株式です。アーム売却の実質的な利回りは、今後エヌビディアの株価がどのように推移するかで決まります。

買収代金の支払い方法として、現金と株式交換がありますが、今回の取引は両者の混合となります。現金買収では、売り手は売却した時点で全額現金を手にするのでその時点ですべての取引は完了し、売却した会社の業績がその後予想以上によくなっても追加の収入はありません。一方、株式交換は現金の代わりに買い手企業の株式を受け取るので、その後の企業業績によって売却代金である株式の時価も変動します。互いの強みを共有することで追加的な価値が生まれる(これを相乗効果もしくはシナジーと呼ぶ)のであれば、合併後の新生エヌビディアの株価は上昇していくことになります。

以上の視点から今回の取引内容を眺めてみてわかることは

(1)ソフトバンクGはアームの業績見通しに強気なので、当初の売却額はエヌビディアの意向を尊重して低めに抑えたが、アームの業績上振れを予想して、アーンアウトのスキームを活用して追加売却代金を請求した。エヌビディアも、買収時に想定した以上に業績が良くなればアームの価値は上昇するので、その一部をソフトバンクGに払い戻しても問題はない

(2)ソフトバンクGはアームと合体したエヌビディアの今後の業績見通しに強気なので、最大で売却代金385億ドルの70%近くをエヌビディア株で回収することにした

エヌビディアの株価ですが、買収発表前の9月11日から買収発表日の同14日にかけて5.82%上昇しました。市場全体を示すS&P500指数は1.27%の上昇でした。エヌビディア株のβ値(市場全体の値動きに対する相対的な感応度)は1.5なので、5.82%の内1.27%×1.5=1.91%は市場に連動した上昇分で、買収発表による純粋な上昇分は3.92%といえます。

市場全体の影響を除くと、エヌビディアの時価総額は11~14日で実質的に118億ドル増えたと推定できます。「アームの適正時価総額-買収合意額+合併後のシナジー見込み額の総額」が118億ドルと市場は考えたことになります。株式市場は今回のアーム買収は割高でなく、エヌビディアの企業価値向上に貢献すると判断したと考えられるのです。

市場シェアやAI半導体がカギ

アームは半導体設計の上流工程(CPU)、エヌビディアは下流工程(GPU)を主力としており、合併で開発能力を高められると期待されます。またアームのデータセンター向けのシェアは現状5%程度ですが、エヌビディアと一体になってデータセンターや自動運転といった今後急拡大する新市場への展開も期待できるでしょう。

21年1月期のエヌビディアの予想売上高は150億ドルですが、注力している人工知能(AI)チップの市場規模は24年に540億ドルに達する見通しです(英調査会社テックナビオ調べ)。新生エヌビディアの市場シェアが仮に60%になると想定すると、売上高は324億ドルと今期予想の2.2倍になります。売上高に応じて株価も上昇するとすれば、エヌビディアの時価総額は24年に6862億ドルという試算ができます。ソフトバンクGとSVFの持ち分は最大で7.7%なので、その時価総額は528億ドルに相当する計算です。

16年9月に310億ドルで取得したアームの価値が、24年9月には648億ドル(株式528億ドル分+現金120億ドル)となれば、8年間の利回りは9.7%。20年に全額を現金売却した場合の利回り5.6%を大きく上回ることになります。さらに20年9月から4年間の利回りでみれば13.9%となり、上場企業への投資利回りと考えれば良好な利回りといえるのです。

さいとう・ただひさ
グロービス経営大学院教授。銀行からコンサルティングファームに出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。その後、音響機器メーカーの取締役最高財務責任者(CFO)と米国持ち株子会社の副社長兼CFO、米国通信系ベンチャーの日本法人代表取締役社長、エンターテインメント系ベンチャーの専務取締役、東証1部のモバイル向けコンテンツ配信企業で取締役兼執行役員専務CFOを歴任。

「事業価値評価」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/38848dba(「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

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