ノーベル化学賞 「ゲノム編集」開発の米仏2氏
スウェーデン王立科学アカデミーは7日、2020年のノーベル化学賞を、生命の設計図である遺伝子を効率的に改変する新技術「ゲノム編集」を開発した米仏の2氏に授与すると発表した。医療や農作物の改良など、生命科学全般で広く応用できる画期的手法だと高く評価した。一方で人の受精卵の遺伝子操作が可能になるなど倫理的な問題も指摘されている。

授賞理由は「ゲノム編集手法の開発」。受賞するのは米カリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナ教授と、仏出身で独マックスプランク感染生物学研究所のエマニュエル・シャルパンティエ所長。
授賞式は12月10日にオンラインで開く。賞金は1000万スウェーデンクローナ(約1億2000万円)で、2氏で分ける。
遺伝子を改変する技術は20世紀後半から様々な手法が存在していたが手間や時間がかかり、改変の自由度も低かった。12年に2氏が発表した「クリスパー・キャス9」は生物のDNAを狙った場所で切断できる。従来より簡単で精度も高く、生命科学の研究に欠かせない実験手法になった。
使い勝手のよいクリスパー・キャス9は農水産物の品種改良で成果をあげている。近畿大と京都大は筋肉量が多いマダイを開発した。筑波大の江面浩教授は血圧の上昇を抑える効果のある物質が多いトマトを作った。今回の受賞について江面教授は「人類の将来に貢献する技術の一つと評価されたのだと思う」と話す。
医療応用も進む。米国では、がん治療のために患者の免疫細胞を強化して戻す「CAR-T療法」にゲノム編集を活用する臨床試験が実施された。新型コロナウイルスの検出にゲノム編集を応用する動きもある。
応用分野が多岐にわたるゲノム編集技術は、その特許を巡って研究者間の争いも発生している。アイデアを最初に発表したカリフォルニア大や、その技術を動物などの真核生物で実現した米ブロード研究所など、複数の研究団体が関連特許を主張し、各地で訴訟や審判が起きている。まだ最終決着はついておらず、関連業界が各国の司法判断を注視している。

倫理的な問題も指摘されている。18年には中国の研究者がエイズの感染予防を目的に人の受精卵の遺伝情報を改変して双子が生まれたと発表した。ゲノム編集技術に携わる世界の研究者らが激しく抗議し、中国政府が発表した研究者を処罰するなど波紋が広がった。
ゲノム編集技術は画期的ではあるが、安全性が確立されていない未成熟な技術だ。DNAを切断する際、狙った場所と異なる部位が切れてしまう現象が確認されており、医療応用の際のハードルになっている。中国の受精卵の改変が非難を受けたのも意図せぬ遺伝子の改変が子孫に遺伝する可能性があるためだ。
一方、将来的にはゲノム編集は遺伝性の病気の根本的な治療法になるとの期待もある。切断部位の精度を高めるなどのゲノム編集を成熟させる技術開発だけでなく、技術を明確なルールの下で使うための社会全体の議論が欠かせない。
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