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1年目から三つ星 素人力で「好き」凝縮した23室の宿

繁田善史・ブレイブマンホスピタリティ&リゾーツCEO(上)

繁田善史・ブレイブマンホスピタリティ&リゾーツCEOは旅を重ねてホテルづくりを思い立った

わずか23室の小体(こてい)な宿ながら、創業1年目に「ミシュランガイド」の三つ星(スリーパビリオン)評価を獲得したホテルがある。京都市の路地奥にたたずむ「MOGANA(モガナ)」は2018年にオープンし、わずか10カ月で「ミシュランガイド2020 京都版」のホテル部門で三つ星を得た。有名ファッションデザイナーたちが好んで泊まるモガナの引力は、旅好きが高じて自らホテルを構えたオーナー夫妻のパッションから生じている。

(下)デザインホテル超える「個だわり」 我流の美意識貫く >>

「素人」が建てたホテルだ。実質的なオーナーで発案者の繁田善史氏はホテルビジネスや観光業の専門家だった経歴がない。運営会社のブレイブマンホスピタリティ&リゾーツ(大阪市)の最高経営責任者(CEO)として、モガナを構想した。もともとは公認会計士で、複数の都市開発プロジェクトを支えてきた。それらの経験は生かされているものの、モガナは従来のホテル業界の常識をなぞっていない。むしろ、反しているところが多い。理由は「こんなホテルがあったらいいな」という繁田氏の思いを詰め込んだから。古語に由来するホテル名にも、理想型を追い求める気持ちが写し込まれている。

たとえば、立地からしてホテルビジネスのセオリーになじまない。二条城に近い好ロケーションなのだが、周りは繁華街ではなく、大通りにも面していない。京都の普段着ムードが漂う住宅街にひっそりと立っている。しかも、建物は真っ黒のビル形。近年の京都に相次いで登場している、京町家を模した和風木造建築の宿泊施設のほとんど逆といえそうなスタイリッシュでクールな見え具合だ。安藤忠雄氏に学んだ建築家・山口隆氏が設計した。

一般的にホテル設計にあたっては、敷地面積や部屋数、料金などを総合的に勘案して、経営を支える「数」の面から構想を固めていく。しかし、モガナでは必要最低限の予算管理は意識しながらも、「思いを優先させた」という。「ホテルや観光業の専門畑とは全然違う立場からアプローチするほうがかえって新しくて面白い結果を呼び込みやすい。慣習や思い込みにとらわれずに済むのは、アウトサイダーならではのメリット」と、繁田氏は「素人力」の強みを信じる。もちろん、単に素人が思いつきで進めたのではなく、山口氏のようなプロの知見を得て、アイデアを肉付けしている。ミシュランの星を21年版でも保ったことは、「素人力」の正しさを裏付けているだろう。

ファッションやデザイン関係者の宿泊が絶えない理由の一つは、随所に凝らされた意匠にある。フロントで受付を済ませて、館内に入ると、奥に向かって長く続く廊下に驚かされる。入り口からエレベーターホールまで38メートルも続く。イメージの下敷きになっているのは、間口が狭く、奥行きが深い、京都特有の「ウナギの寝床」構造だ。普通のホテルでは動線の利便性やスペースの有効活用を重んじて、フロントからエレベーターへのつなぎは短くて素っ気ない。しかし、モガナでは廊下に物語を用意した。部屋につながる道行(みちゆき)には、畳状に編んだステンレス張りの床と、格子状のウッディーな壁を沿わせて、来訪客の気持ちを高ぶらせる。

「自分の思いが詰まったホテルを」

繁田氏がホテルを建てようと決めたのは、自らが大の旅好きだったからだ。ホテル・旅行の業界人に旅好きは珍しくないが、繁田氏の場合は並外れている。やたらと値の張るホテルに泊まるとか、美食にふけるというわけではない。こだわりがマニアックなのだ。様々な旅を重ねるうちに、「だんだんと動機がピンポイントになっていった」と、繁田氏は振り返る。

目当てはホテルの立地条件であったり、乗り換え空港のラウンジであったり。あるエアラインの特別な機体に乗りたいという熱意につき動かされて、その便に合わせた旅を組み立てたこともあるという。そうした長年のこだわり旅の中でも、強い印象を残したのがスイスにある、絶景の山岳ホテル。欧州随一の標高を誇るホテルからはアルプスの山々を見渡せた。「最大の魅力である景色を楽しんでもらうという一点張りのすがすがしいスタンスに心を動かされた」(繁田氏)。モガナの構想はそこから動き始めた。

たくさんの宿を訪ねるうちに、繁田氏は自分の好みに気づいた。建築が大がかりであるとか、歴史が長いとかの売り物よりも、「思いが詰まったホテルかどうか」が自分なりの感動ポイントだった。やがて「自分も思いが詰まったホテルをつくりたい」という気持ちが強くなった。

もともと大阪府堺市出身で、同志社大学経済学部を卒業していて、京都はなじみが深い。「オンリーワンのホテルを建てるなら、やはり京都しかない」と決めて、準備を進めた。過去の旅体験を総動員して、納得のいく場所、建築家、内装などのアイデアを練り上げた。最良のアドバイザーになってくれたのは、たくさんの旅を共にした妻の有子さんだった。

2階には大理石カウンターのシックなバーが用意されている

理想のホテル像を追い求めた結果は、常ならぬホテルだった。たとえば、常設のレストランはない。大浴場や宴会用座敷もない。客室にはテレビがない。一方、2階には本格的なバーが用意された。長さ8メートルのカウンターは御影石でこしらえてあり、天井には金箔が張られている。ホテルビジネスでは重要な収益源と位置づけられることの多いレストランをあえて構えなかった理由を、繁田氏は「京都には街中にいくらでもおいしい料理屋さんがある。ぜひ京都の食をいろいろと味わってほしい」と語る。バーを備えた理由は「街での食事から戻って、眠りに就く前に、くつろげる時間を提供したかった」からだ。

しかし、旅の楽しみでもある食べ物を切り離しているわけではない。泊まり客の要望に応じて、京懐石の名店「懐石 瓢樹(ひょうき)」の割烹料理を夕食として部屋で食べられる1泊2食付きの宿泊プランを用意している。「瓢樹」の料理人がモガナへ出かけてこしらえる出張割烹の形だ。「瓢樹」の料理を懐石スタイルで味わえる部屋出しサービスはモガナだけだという。つまり、ありきたりのことはしないのがモガナ流ともいえる。

旅は「非日常」ではない

朝食には淡路島の食材がふんだんに盛り込まれる

モガナの食を象徴するのは部屋出しの朝食だ。ランチを抜いても構わないほど、しっかりした和の朝餉(あさげ)を楽しめる。メインディッシュにあたるのは、大皿に盛られた「fukiyose(吹き寄せ)」。たっぷりのおかずが皿を彩る。ほとんどの食材は淡路島(兵庫県)から運ばれている。

実は淡路島は有子さんの故郷。かつて京都の皇室・朝廷に食べ物を貢いだ地域「御食国(みけつくに)」だったほど、食材が豊かな土地柄を生かして、京都の賓客に美食を届けるというストーリーを朝食に託した。「京都にふさわしい物語性や日本古来の美意識をホテルサービスと重ね合わせたい」と、繁田氏は朝食に込めた思いを明かす。ここで貫かれているのも、オンリーワンを重んじるモガナ流ポリシーだ。

一時期はインバウンド客でにぎわった京都のホテル・旅館業界だが、モガナは23室という規模もあって、最初から「インバウンド目当て」ではなかった。むしろ、「別宅のような感覚で、住むように訪れてほしい」(繁田氏)という。8月からは会員制サービス「MOGANA members(モガナメンバーズ)」もスタートさせた。コンセプトは「京都を組み込んだデュアルライフ(2拠点生活)」だ。

たくさんの旅を経験してきたからこそ、繁田氏は「旅を『非日常』とみなす考え方が嫌い。そう考えてしまうと、旅の終わりがつらく思われ、日常が苦しくなってしまう」と、旅のとらえなおしを呼びかける。旅の時間を「非日常」と特別扱いするのは、ホテル・観光業界の「お約束」だったが、繁田氏は疑念をはさむ。「旅を『日常の延長』ととらえるほうが伸びやかに旅を楽しめる」という持論が今回の会員制サービスの根っこにある。

会員制サービスは主に関西圏の利用者がモガナに立ち寄り、翌日、朝食を食べてそのまま仕事に向かうような使い方を提案する。週末のリフレッシュに役立てるようなパターンも想定している。「1週間の流れに、自然体で溶け込むようなホテルになれれば」と、繁田氏は願う。もともと関西圏の常連客が多く、下地があった。コロナ禍の影響で、実現が早まったが、以前からあった発想だという。

京都の宿は、外から京都を訪れる旅人を迎えてきたが、「地元の人に好きなように使ってもらえる宿でもいいはず」と、繁田氏は宿のパラダイムシフトを提案する。ホテル・観光業界で勢いづく近場観光プランの「マイクロツーリズム」とは、地元客の迎え方や普段使いの気安さなどの点で似て非なる発想だ。「『ホテル』という概念にとらわれない、新しい価値を創造する場所でありたい」という願いを名前に掲げるモガナは、コロナ禍との向き合い方でもオリジナルにずれている。

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