カネテツ「てっちゃん」70歳 洒脱なかまぼこ男子
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兵庫
2020/10/8 2:01
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原作者の北中氏が描いた「てっちゃん」の広告の原画がカネテツ本社に今も多数保管されている

原作者の北中氏が描いた「てっちゃん」の広告の原画がカネテツ本社に今も多数保管されている

鉢巻き姿の男の子「てっちゃん」をご存じだろうか。かまぼこなど水産練り製品大手のカネテツデリカフーズ(神戸市)の人気キャラクターだ。伝統の食文化と神戸の洒脱(しゃだつ)との出会いが生んだ愛らしい男児は、来年3月に生誕70年を迎える。

■「発祥の地」神戸

てっちゃんの紹介に入る前に、神戸のかまぼこの歴史に少し触れたい。

神戸にはかまぼこ発祥の伝説があり、生田神社に記念碑がある

神戸にはかまぼこ発祥の伝説があり、生田神社に記念碑がある

市中心部の生田神社の北側に広がる森に「かまぼこの発祥地」の石碑がある。201年に神功皇后の乗った船が今の神戸の沖合で停滞し、「兵糧が尽き、釣った魚をすり身にして矛の先に付けて火であぶって食べたのが、かまぼこの始まりとされます」と同神社の児嶋英毅氏は解説する。

残念ながら文書などの記録はなく、どこまでが史実かは定かでないが、豊かな漁場に面した神戸に、かまぼこ誕生の素地があったのは確か。練り製品の生産量でも兵庫県は新潟県に次ぐ全国2位の実力を誇る。

その練り物大国の最大手がカネテツだ。1926年に村上鉄雄氏が西宮市で事業を興したのが起源で、48年に前身のかねてつ蒲鉾(かまぼこ)を設立した。

高度成長期に入る51年、幅広い世代に商品をアピールしようと、鉄雄氏の長男で当時副社長の村上忠雄氏と宣伝担当の北中吉雪氏がキャラクターの制作を発案。幼少期の忠雄氏をモデルに北中氏が男の子を描く。てっちゃんの誕生である。同世代には不二家のペコちゃん(50年)がいた。

来年生誕70年を迎える「てっちゃん」

来年生誕70年を迎える「てっちゃん」

新聞や看板の広告に登場したてっちゃんは人気者に。北中氏が描いた広告の原画はカネテツ本社で大切に保管されている。経営戦略室の高浦良子室長は「実は最初は名前がなく、広告を目にした皆さんが自然と『てっちゃん』と呼び始めたそうです」と話す。

国内の練り製品の生産量は75年に103万トンとピークを迎える。だが80年代半ばになると練り製品離れが始まり、生産量は40年強で半分以下に減った。

■中島らも氏企画

練り製品業界の転換期となった80年代、てっちゃんにも転機が訪れる。

「企画・編集込みで雑誌『宝島』の2ページ広告を任せてくれないか」。忠雄氏の娘婿で当時常務だった村上健会長は、広告代理店で働く中高校の元同級生からこう頼まれた。のちに小説など多方面で活躍する中島らも氏だった。

てっちゃんとお父さん

てっちゃんとお父さん

若者向けの雑誌だからと独断で請け合ったところ、健氏が米国に留学中の82年夏に「啓蒙(けいもう)かまぼこ新聞」の連載が突如始まる。中島氏のエッセーと読者の投稿、てっちゃんを主人公にした漫画で構成した破天荒な内容で、しばらくするとサングラス姿の「てっちゃんのお父さん」が勝手に登場した。

広告のゲラが事前に届くことは一度もなかったが、健氏は「中島君のおかげで静止していたキャラが動き出した」と喜んだ。広告はカルト的な人気を集め、83年には別の雑誌でも連載が始まる。関西以外でもカネテツは有名になり、就職志望の学生まで増えた。

カネテツは98年、取引先の不渡りを引き金に和議申請するという苦境に陥る。その際、中島氏の事務所がボランティアでテレビCMを制作し、中島氏はちくわを手に「ぴんぴんしてるぞ、カネテツデリカフーズ」とエールを送った。

中島氏は2004年に世を去り、雑誌でのかまぼこ新聞の連載はすでに終わっている。だが遊び心のDNAはカネテツに残された。健氏は「あれが許されたのだからと社内で挑戦への許容範囲が広がり、生産や開発などで社員らは自由な発想ができた」と話す。

例えばカニ風味かまぼこの「ほぼカニ」。発売は14年とカニかま商品としては後発だが、奇抜なネーミングで瞬く間に人気商品に育った。近年は和食人気で練り製品の消費が伸びているアジアや北米への輸出に力を入れている。練り物文化の啓蒙活動は神戸から世界へと広がっていく。(堀直樹)

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