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ナゴルノカラバフ、歴史的に対立 スターリンが分断

【モスクワ=小川知世】アゼルバイジャンとアルメニアは、アルメニア系住民が多数を占めるナゴルノカラバフ地域の支配権を巡り歴史的に対立してきた。背景にはソ連の独裁的な指導者スターリンが1923年に決めたアゼルバイジャンへの編入がある。民族意識の高まりを警戒し、アルメニア人を分断する狙いがあったとされる。

アルメニアとアゼルバイジャンはナゴルノカラバフ地域を巡り歴史的に対立を深めてきた(4日、ナゴルノカラバフ)=アルメニア国防省・AP

ナゴルノカラバフはロシア語とアゼルバイジャン語の組み合わせで「山岳の黒い庭」を意味する。東京都の2倍ほどの面積に住む約15万人の8割以上がアルメニア系と推計される。ソ連末期の88年にアルメニアへの編入を求める動きが盛り上がり、編入を阻止したいアゼルバイジャンとの大規模な紛争に発展した。

紛争では多数の民間人も虐殺され、犠牲者は3万人を超えた。ロシアの主導で94年に停戦合意にこぎ着けた後も衝突が絶えなかった。91年にナゴルノカラバフ地域の住民が一方的に宣言した「ナゴルノカラバフ共和国」の独立を認める国はないが、停戦後はアルメニアが同地域と周辺を事実上の保護領にしてきた。

紛争解決に向けて欧州安保協力機構(OSCE)が設けたミンスクグループによる和平交渉は停滞していた。共同議長国の米仏ロは2007年に同地域周辺からのアルメニアの撤退などを目指す原則を提案した。ただ衝突が起きた16年にこの原則が再確認された後もアルメニアが撤退に応じず、アゼルバイジャンはいら立ちを強めた。

ナゴルノカラバフが位置するカフカス地域は入り組んだ山岳地帯に多数の民族が暮らし、民族紛争の「火薬庫」と呼ばれてきた。ロシア南部チェチェンやジョージアからの独立を主張する南オセチアなど周辺にも緊張が続く地域が残る。

ナゴルノカラバフではアゼルバイジャンがイスラム教で、アルメニアがキリスト教という宗教的な違いも影を落としてきた。繰り返される戦闘は民族間の対立感情を深め、ロシアやトルコなど関係国の利害も絡み、根本的な解決はいっそう困難になっている。

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