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播州・赤穂に「備前」の駅? 生活圏一体訴え越県合併

とことん調査隊

兵庫県の地図を眺めていると県南西端に「備前福河駅」を見つけた。備前国と言えば現在の岡山県の南東部を占める地域を指す。しかし駅の所在地は兵庫県赤穂市(旧播磨国)である。なぜ「播磨福河駅」ではないのか。歴史をたどると、住民の熱き戦いがあった。

神戸・三宮から在来線で約2時間のJR西日本・赤穂線の備前福河駅。駅構内にさっそく手掛かりとなる掲示を見つけた。「1955年、岡山県和気郡福河村当時にできた村唯一の駅」。同駅は昔、岡山県内にあったのだろうか。

裏付けるように駅近くに、うっすら「東備タクシー」と読める古びた建物を発見。東備とは備前国東部を指す。60年ほど前、この会社で運転手をしていた吉栖敏隆さん(85)は「駅のある福浦地区はもとは岡山の一部。本社は隣町の日生(ひなせ)町(現・岡山県備前市)にあった」と教えてくれた。赤穂市になってから廃業を決めたという。

関西電力より安いので助かる」。住民の60代女性がこう話す理由は、中国電力が電力供給しているためだ。赤穂市でも福浦地区だけという。

福浦地区がなぜ兵庫県に変わったのか。「赤穂市史」などを調べると、岡山県の福河村は1889年に発足。福浦と寒河(そうご)地区を合わせた名前だ。戦後、赤穂線が延び、備前福河駅が1955年に開業する。この時点では岡山県だ。同年、隣の日生町と合併し、新・日生町となる。しかし福浦の住人が赤穂市への編入を県や国に訴え、ついに日生町から分離、63年に合併に至った。

「生活圏は日生より赤穂。父は(覚悟を示すため)座棺を持って国会前で訴えた。約2週間も座り込んで痔(じ)になったとか」。地元の宮本幸則さん(67)が振り返る。住民の嘆願書(57年)を見ると、赤穂市との合併計画地域として兵庫県に54年に申請。「産業や文化が融合し、歴史的に不離一体」として、福浦住民の91%が合併に賛成したという。一方の赤穂側も「『血は水より濃い』。福浦を合併したいという念願が古くから赤穂市民の心の底に流れていた」(60年の嘆願書)と合併受け入れに積極的だった。

しかし越県合併は困難を極めた。特にもめたのが漁業権だ。当時の福河村漁業協同組合は「被害者は福浦村民である漁民。合併が一度されれば漁場の回復は永久に希望なし」と反対意見書を村長に提出。日生漁業協同組合(備前市)の天倉辰己専務理事は「生活の糧を得る漁場だけは死守しようと必死だった」とみる。

結局、海の大部分を岡山県に残して決着した。象徴的なのは赤穂港沖700メートルの小さな無人島「取揚(とりあげ)島」の扱い。昔から島内に備前と播磨の国境が引かれていたが、合併後も漁業権を岡山側に残すため県境が残った。日生の名産であるカキは同島付近でも養殖されている。

気になるのは兵庫県に編入された際に駅名から「備前」を外さなかった理由だ。住民によれば経緯は不明という。今では唯一の岡山県時代の公的な名残となった。「今度は岡山県が欲しがるような魅力的な町にしなきゃ」。こう意気込むのは福浦の町おこしを進める奥道一二美さん(67)。名産品化を目指し、綿栽培を2016年から始めた。

兵庫県は岡山県の旧美作国の一部も明治期に編入している。鹿児島大学の北崎浩嗣教授は「市町村からの圏域ごとの再編は、経済的に自立できるなら、あってしかるべきだ。広域行政的長所が生かせれば望ましい」と話す。

兵庫県はかつての摂津、但馬、淡路、播磨、丹波の5カ国からなる「兵庫五国連邦(U5H=ユナイテッド・ゴコク・オブ・ヒョーゴ)」として、地域の多様性をアピールする。さらに備前国と美作国を含んだ「U7H」と言ってもいいのでは?

(沖永翔也)

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