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内閣府参与の原丈人氏「世界は『公益』に向かう」

日経ビジネス電子版

格差の広がりと新型コロナの流行によって、行き過ぎた株主資本主義を見直す声が高まっています。そんな中、内閣府参与などを務める原丈人氏が以前から提唱してきた「公益資本主義」があらためて脚光を浴びています。世界や企業はどのように変わろうとしているのか、話を聞きました。

――長らく内閣府参与として未来志向の経済財政政策や健康医療政策を提唱されてきましたが、このほど法務省が新設した危機管理会社法制会議の議長を兼務することとなりました。何を目的とした会議なのですか。

1952年大阪生まれ。慶応義塾大学法学部卒業後、中央アメリカの考古学研究に従事。81年米スタンフォード大学工学部大学院修了。84年、ベンチャーキャピタルのデフタ・パートナーズを設立。85年、新産業育成などを目的にアライアンス・フォーラム財団を創設。デフタ・パートナーズ グループ会長のほか、日本の内閣府参与も務める。(写真 北山宏一)

「日本企業を強靭(きょうじん)化するために法律を整えるのが目的です。今回のコロナ禍により、社会にとって重要な企業なのに存続が危ぶまれる事態が出てきています。いかにして企業の持続可能性を確保し、社員をはじめとする企業を取り巻く人々を守るのか。一時的な救済のために公的資金をつぎ込むことをできるだけ避け、真の弱者に資金提供していくためには会社法などを見直す必要があると考えています」

――具体的には。

「会社は利益を上げ、そこから法人税を支払って残ったお金を積み立てていきます。以前の日本の会社法は現在の欧州と同じく、法定資本や法定準備金は配当や自社株買いには使えませんでした。利益の一部を強制的に留保させる利益準備金も同様です。ところが、会社法を何回か改正した結果、自社株買いや配当原資に自由に使えるようにしてしまったのです。米英型の株主資本主義を重視した結果です」

「これを以前のように、会社に一定規模の資金が留保されているという状況に戻します。感染症の流行や、地震、津波など自然災害が起きて売り上げが大幅に減少する事態になっても、銀行から緊急融資を受けず、政府の補助金に頼ることもなく、逆境を乗り越えるまで社員に給与を払い続ける余力が生まれ、それにより社員とその家族の健康と生活を守ることができます」

「株主だけを重視し過ぎた資本主義からの転換です。年内に方針をまとめ、来年の通常国会などで何らかの形でそうした方向性が確認されることを願ってやみません。コロナ危機を経験して、会社法は何のためにあるのかという理念を議論する場としてもこの危機管理会社法制会議は重要な意味を持ちます」

DEFTA Healthcare Technologiesの主な事業育成先 原氏が率いるデフタ・パートナーズは、亡くなる直前まで健康で過ごせる社会の実現を目指し、認知症やがんなどを研究するベンチャーを支援している

――米共和党や香港でも役職を務めているそうですね。

「共和党に関しては、ビジネス・アドバイザリー・ボードの名誉共同議長という役職です。香港は、特別行政区政府の科学技術担当の特別顧問です」

「社中」とともに社会に貢献

――危機管理会社法制会議で目指す議論もそうですが、これまでも株主資本主義を批判し、「公益資本主義」を提唱してきました。コロナ禍で、その考えがあらためて広がっています。

「2020年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、公益資本主義に近い、新しい提言が出されました。またダボス会議の前の19年8月には、米国の経営者団体も、会社を取り巻く「社中」の中で株主は5番目で、1番目は顧客、2番目は従業員とランク付けをしたのです」

会社を取り巻く「社中」と公益を追求するのが公益資本主義だ

「公益とは私たち、および私たちの子孫の経済的、および精神的な利益を意味します。会社は社中とともに公益を大きくし、社会に貢献することが使命です。社中とは社員、顧客、仕入れ先、地域社会、株主、さらには地球という会社を成長させてくれる仲間のことです。会社は社会に貢献するとともに、付加価値を社中に還元するのです」

「一方、株主資本主義は、会社は株主のものという考えに基づいています。米国を中心としてグローバル化が進んだことで、株主資本主義は世界に広がりました。経営者はその理念に基づき、株主の要請に従って株主価値を最大化するために時価総額を上げ、配当金を増やすことに注力するようになりました」

「公益資本主義が広がっているのは、格差が広がり中産階級層が大幅に減少したことで、米英型民主主義が機能しにくくなったからでしょう。米国では黒人男性が白人警官に殺された事件をきっかけに大規模な暴動が起きました」

――一方、香港では、中国政府による香港国家安全維持法の制定を巡り、抗議デモが起きています。

「香港は米国ほどの暴動は起きていません。米国メディアは暴動を強調していますが、影響はほとんどないでしょう。香港の民主主義が失われるといいますが、植民地に自由や民主主義があったとは言えません」

「香港はこれから劇的に繁栄すると思います。米国のシリコンバレーのようなテクノロジーセンターとなるには、『高度な製造』『資金調達機能』『研究開発』という3つの要素が必要です。90年代、アップルの製品はシリコンバレーで作られていました。ところが、会社は株主のものだということで、ROE(自己資本利益率)の低い製造業に投資をしなくなった。そこに資金を投じたのが香港エリアです。だから製造はすべて香港に隣接する深圳に行ってしまった」

「金融についても同様です。国家安全維持法で騒いでいる中、なぜアリババ集団が香港市場に上場するのか不思議でしょう?」

「それはニューマネーが入ってくる世界最大の市場だからです。米ニューヨークや東京などの株式市場はトレーディング、つまり高速取引の「投機市場」になった。それに対して、香港だけが企業の成長を支援する「投資市場」として機能していると私は見ています」

「研究開発力もあります。香港中文大学や香港大学、香港理工大学など、世界トップクラスの研究開発機関がそろっています。米ハーバード大学と米スタンフォード大学などが香港に生命系の研究所を設立すると公表していますし、英ケンブリッジ大学なども研究所をつくると聞いています。そう考えると、香港が今後伸びないわけがない」

中国政府は国民結束に腐心

――香港国家安全維持法が施行され、香港は言論の自由を奪われるのではと心配する人がいますが、その点についてはどう考えていますか。

「今までのような自由がなくなる点について、嫌だと思っている人は多いと思います。しかし、だからといって『香港を中国から独立させたい』とか『(香港の自治を認める)一国二制度で中国に対抗したい』と思っている人たちは少数だと思います。英政府が香港市民の受け入れを表明していますが、香港の人たちは『メリットはない』と言っています。第1に所得が下がる、第2に治安が悪いというのがその理由です」

「現在の香港のデモは逃亡犯条例改正に対する抗議が起点です。逃亡犯条例の改正が出てきたのは、香港の男性が台湾でガールフレンドの女性を殺害した事件がきっかけです。香港は中国への返還の際、中国や台湾などと犯罪者の引き渡し協定を結んでいませんでした。そのため、ガールフレンドを殺害した男性を台湾に引き渡すことができなかった。だから、当初は香港の人たちも改正に賛成していたのです」

「しかし、香港の財界の中には中国の不動産開発などに絡んで贈収賄に関わっている人たちが多くいます。逃亡犯条例が改正されると中国に引き渡される可能性がある。そうした人たちが社員などを巻き込んでデモを起こしたということかと思います。交渉の結果、香港当局は逃亡犯条例の対象から経済犯を外しました」

――その後もデモは続いています。

「米国の民主化団体が引き継いだためです。しかし、地下鉄などへの攻撃などが続けば香港で事業をしている米国企業もダメージを受けるということで、収まりかけたのです。ところが、それをさらに中国の反習近平(シー・ジンピン)派が引き継いだと言われています」

「1990年代から20年にわたって急激に伸びた所得が横ばいになってきたこともあり、習近平政権は国民を結束させる必要があります。だからこそ、中国の船が尖閣諸島に来ているのです。習近平国家主席としては国民所得を上げるか腐敗撲滅のような人気のある政策を取るかしかない。やらなかったら危ないのです」

――中国に対する米国の批判も高まっていますが、米中関係は今後どのようになると考えていますか。

「トランプ氏もバイデン氏も大統領選挙までは中国に対する厳しい姿勢を打ち出して選挙を勝とうとするでしょうから、そこまでは厳しい状態が続くでしょう。しかし、選挙後はどちらが大統領になっても改善するでしょう」

日本企業は「がたがた」

――トランプ大統領が再選された場合でも改善しますか。

「ええ。今の米国では、自由と平等というイデオロギーによって支配するグループは、お金によって支配するグループよりも勢力が弱いのです。GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)を見ても分かる通り、もうかるのであればどことでも組むのが現在の米国の大企業です」

「しかし、米国の企業も気付き始めています。格差が開き、外に出るにもボディーガードが必要な状況では富裕層も楽しくない。米国の場合、こうした流れに敏感ですから、私たちがさらにこの流れを推し進めていきたいと思っています。機関投資家も長期にわたって株主利益を最大化するには、社中全体に利益を還元する公益資本主義を進めなければならないということを理解し始めました」

「一方の中国も、社会主義に米国の資本主義を取り入れて急成長してきましたが、米国の中間層が減少しているのを見て株主資本主義の限界を感じています。米中という2大国が公益資本主義に傾きつつある状況なのです」

まず社員とその家族を守る。次に将来に投資する。そうすれば会社は成長し、株主ももうかる。(写真 北山宏一)

――日本の会社は、株主資本主義を進めた結果、将来に向けた事業を生み出す力が弱まったような気がします。

「もうがたがたですよ。株主への還元に極端に偏っていて企業統治ができていない日本企業は多いと思います」

「例えば、NTTドコモ。有価証券報告書によると、16年3月期~20年3月期の自己株式取得額と配当総額の合計は人件費を大きく上回っています。より公平な利益分配にすることで、従業員報酬の増額と携帯利用料金の引き下げは十分可能だと思います」

――日本の会社はどうすべきですか。

「まず社員とその家族を守ることを第一にする。それからお金を配当に回すのではなく、将来の分野にしっかり投資する。そのほうが、会社が成長するので、株主ももうかります。日本の会社は優秀な人が多いですから、社員が考えることを尊重する仕組みになれば、いろいろなことができるはずです」

(日経ビジネス編集長 東昌樹)

[日経ビジネス電子版2020年10月1日の記事を再構成]

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