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宇宙やりたいって、宇宙の何を? 針路は星の進化へ

理化学研究所 主任研究員 坂井南美(5)

ナショナルジオグラフィック日本版
坂井南美さん(写真右)は天文学の枠に収まらない分子分光学的な実験も手がけている(左は川端裕人さん)
 文筆家・川端裕人氏がナショナル ジオグラフィック日本版サイトで連載中の人気コラム「『研究室』に行ってみた。」。今回転載するのは理化学研究所の坂井南美さんに星や惑星のはじまりについて聞くシリーズです。壁と思ってぶつかったら幸運だった、そんな楽しいエピソードから、日本に理系の女性研究者が少ない要因の分析まで、地上の話題も豊富。U22世代への熱い思いも放射されます。

◇  ◇  ◇

坂井南美さんは、生まれたばかりの赤ちゃん星、原始星の化学組成、特に有機分子を観測する中で、数々のブレイクスルーを成し遂げてきた。

冒頭で、「本音は、(宇宙の)はじまりから全部理解したい」けれど、「私たちの世界の物質的な起源、生き物が誕生するような環境がどうしてできたんだろう」「原子から分子ができて、複雑な分子ができて、いつか生命になったという化学組成の上での起源が知りたい」というモチベーションで、原始星の化学組成をさぐる電波天文学の世界へと足を踏み入れた。

では、そのような関心はどんなふうに培われて、深められてきたのか、最後になったけれど、研究に至る個人史をうかがっておきたい。

「私、いわゆる天文少女ではなかったんです。だから、『星座の何座はどこにある?』って聞かれても、そりゃあオリオン座ぐらいは知ってますけど、分からない方が多いです」

まずはそんなふうに笑いながら言った。

天文学者や宇宙物理学者は、古き良きプラネタリウムで解説されていたような星座の知識は、不必要というわけではないけれど、不可欠というわけでもない。よく知っている研究者もいれば、それほど関心がない研究者もいる。

「ただ、星空を見るのは好きで、というよりも、とにかく外で遊ぶことが好きだったんですね。小学校がわりと自然豊かなところで、クヌギの木とか、いっぱい木がある環境でした。そこで、木登りして風を感じてみたり、空を見ながら居眠りしたり。あと、虫も好きで、セミ捕りどころか、カブトムシを筆箱の中で飼ってたり、ダンゴムシを入れてたりして、先生に怒られてました(笑)。そんな中で、なんでこんなすごい自然の世界が、でき上がってるんだろうという興味が生まれたんですよね」

東京都内ではあるそうだが、かなりワイルドな小学生時代だ。そういった経験を通じて、この世界が、理屈抜きで「素晴らしい」ものだという確信を培うことができたのではないかと推察する。

と同時に、すでに天文学への興味の萌芽はあったそうだ。

「うちは父が技術者で、わりと宇宙が好きですし、科学誌とかもいっぱいあるような家庭でした。小学生の時に望遠鏡を買ってもらって、月のクレーターを見て、わあ、すごいな、天文っていいなって思ったことは覚えています。それくらいのぼやっとした憧れは持ってましたね」

もちろんこれは、今にして思えば、という話でもあって、実際のところ、坂井さんの中学高校時代は、なりたいものが色々出てくるような本人曰く「迷走していた」時代だという。その中には弁護士のように、天文学者とはある意味で対極にあるような職業も含まれていた。

そんな中で、坂井さんは、受験勉強を通じて自分の「適性」や関心の方向性を見出すことになる。

「私、暗記しなければならないことが多い科目が苦手なんです。一方で、物理や数学は好きだし、得意でした。高校生の時に行っていた塾がおもしろいところで、研究にも通じるような物理学の本質的なことを教えてくれるんです。その影響も多少あって、大学は物理学科に行ったんですけど、その時に頭の中に、天文学者になる道も残されているようなところがいいという考えもあって、早稲田大学の物理学科に入りました」

早稲田大学の物理学科には、宇宙物理学の研究室などがあり「宇宙のはじまり」についての研究ができる。でも、結果的に坂井さんは、その研究室に進むのではなく、むしろ、もっと身近なこと、たとえば太陽系の起源にかかわる勉強がしたいと気づいた。

「学部生時代に、先ほどの塾の先生に東大の天文の先生を紹介していただいて、『宇宙の研究をやってみたいけど、いい研究室知ってますか』と軽い気持ちで聞いたんです。そしたら、まあ、『宇宙をやりたいって、宇宙の何をやりたいわけ』って、当然聞かれるわけですよね。それはそうです。私だって、同じ状況だったら聞きますから(笑)。でも、その時の私は、あまりにもぼやっとして、答えられませんでした。それで、すごく反省しまして、宇宙の研究にはどういう分野があるのかと、調べました。その中で、本当に興味を惹かれたのは、『宇宙のはじまり』ではなかったんですよね。まずは身近なところで、太陽系がどうやってできたとか、太陽系にはこれだけ水があるわけだけれども、それはどこから来たのかとか、そういう物質的な起源がおもしろいと思ったんです」

星や惑星の形成を研究する坂井南美さん。山中伸弥京都大学教授と天野浩名古屋大学教授もノーベル賞を受賞する前に選ばれた、文科省の「ナイスステップな研究者」に今年選出された

そこで紹介してもらったのが、のちに坂井さんが属することになる、東京大学大学院理学系研究科の山本智教授の研究室だった。坂井さんは、大学院入試でほとんど「単願」(東大の大学院入試は4つ希望を書けるのだが、最低限埋めなければならない2つしか書かなかった)で、面接でもそのようにアピールし、無事に山本研究室の学生となった。

「当時、日本で星間化学をやっている研究室はそうなかったんですよ。山本先生の研究室は、星ができる前の雲の状態で、炭素から一酸化炭素、COになっていくような化学進化を研究していました。具体的には、富士山の山頂に電波望遠鏡を置いて、そこで、中性炭素原子、炭素のスペクトル線を検出していたんです」

これは「物質の進化」の話だし、坂井さんが関心をいだいた「太陽系の起源」の少し前の話でもある。胸の琴線に触れる研究室で、坂井さんは修士課程の学生としてはじめての研究に着手することになった。

ところが、さっそく障害が立ちはだかる。

「その富士山望遠鏡が、大学院に入ってすぐに閉鎖することになったんです。昔、富士山頂には気象庁の測候所があって、そこから電気をもらっていたんですが、人工衛星からの観測に取って代わられてまずは測候所が閉鎖しました。望遠鏡の方はしばらく送電線を引いて頑張っていたんですけど、雷とかに対応できなくて、結局、使えなくなってしまいました。でも、私はどうしても物質の進化が知りたいので、海外の研究室に行こうかとまで考え始めました。そんな悩みを相談するうちに、2003年、フランスの研究チームが、はじめて原始星でギ酸メチルを検出した論文を山本先生が教えてくださったんです。そして、野辺山の45メートル電波望遠鏡で、これの2天体めを探してみるかというふうに代替テーマをいただきました。もちろんとびついて、観測候補天体を探すために様々な論文を読みまくりました。それが今の流れにつながっているわけです」

この連載の冒頭の部分でも紹介した、「ギ酸メチルが見つからなかったけれど、炭素鎖分子を見つけた」という坂井さんの研究の原点までたどりついた。修士課程の学生が、最先端の研究者たちがしのぎを削って観測時間を確保しようとする野辺山の45メートル電波望遠鏡を実に100時間も使う提案書を出して、採択されたのはすごいことで、これがあったからこそ、後々、坂井さんが様々な電波望遠鏡で行う観測へとつながっていった。坂井さんの研究は、「予想が外れる」→「新しい発見にいたる」というのが、ひとつの黄金パターンとして定番化しているフシがある。

本来3年はかかる博士論文を2年半で仕上げて博士号を取得し、そのまま東大の助教となり、2015年からは、理化学研究所の主任研究員として研究室を主宰する立場だ。理研では、天文学の枠におさまらず、分子分光学的な実験をてがけて、よりよい観測のための基礎を固めている。知りたいのに知り得ないことがあれば、知るための道具も含めて、自分で作っているわけだ。

「他の人がやってくれれば、任せておけばいいなっていう感覚はあるんですけど、誰もやってくれないけど、どうしても知りたいところもまたいくらでもあるので。そういうところは、やっぱり自分でやらなきゃいけないし、あるいは自分でやっておもしろさを見せて、人を惹きつけて、その分野の人を増やして一緒にやらなきゃいけないと思っています」

いずれ、坂井さんの研究を見て、分子分光学の専門家たちが、「天文学とのコラボはおもしろそうだ!」とどんどん参入してくる日が来るかもしれない。そうすれば、「自分でやる」以上のことがきっと分かるので、おおいに期待したい。

天文少女ではなかった坂井さん。宇宙への関心は、どんなふうに深められてきたのだろう(写真は川端裕人さん)

さて、坂井さんは、天文学の中でも「星間物質の化学」と「星惑星形成」という研究ジャンルの境界で、ひとつのサブジャンルを深めるような研究をしてきたわけだけれど、今では坂井さんが巣立った東大の研究室で、後輩たちも次々と新しい方向に研究を展開している。

これまで語られたようなキーワードでネット検索してみると、本当に興味深い研究が目白押しなので、これらについても坂井さんに聞いてみた。

「私の研究では、炭素鎖分子が原始星円盤の端のところまで見つかるのに、内側では急に別の分子が増えるというのを見つけましたが、じゃあ、ギ酸メチルがある天体ではどうかというのを、私が東大の助教だった時の学生さんが、へびつかい座の天体で明らかにして論文にしました。今は助教になっている大屋瑶子さんです。化学的な組成が違っても同じ構造になっていると分かって、これは大きな成果です。さらに、大屋さんが指導している学生の大小田結貴(おおこだ ゆき)さんが、生まれたばかりの原始星にも惑星系のもとになる円盤構造がもう出来ているのを見つけたり、どんどん新たな研究の枝を広げています」

大屋瑶子さんの研究は2017年の東大総長賞を受賞し、2018年には優秀な博士論文に贈られる井上研究奨励賞を受けた。大小田結貴さんは「BBCが選ぶ100人の女性2018」の1人に選ばれた。科学的な成果としても、社会的なインパクトとしても、とても評価されている。

坂井さんが探求してきたことが、さらに大きな発展を生む契機となり、より広い視野の中に位置づけられていくのは、ほんの少し話を聞いて研究史を追いかけただけのぼくにしてみてもちょっと感動的だ。

そして、いずれ、化学組成の系統樹、星の系統樹、そして生命の系統樹。それらが、ひとつながりの「宇宙の樹」として見えてくる未来がやってくると確信する。

=文 川端裕人、写真 内海裕之

(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2019年11月に公開された記事を転載)

坂井南美(さかい なみ)
1980年、高知県生まれ。理化学研究所 開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室 主任研究員。博士(理学)。2004年、早稲田大学理工学部物理学科を卒業。2008年、東京大学大学院理学系研究科博士課程を修了し、助教に就任。2015年、理化学研究所准主任研究員、2017年より現職。2009年に優れた博士論文を提出した研究者に贈られる井上研究奨励賞を、2013年に日本天文学会 研究奨励賞を受賞。2019年には文部科学省の科学技術・学術政策研究所による「ナイスステップな研究者」に選ばれた。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、夏休みに少年たちが川を舞台に冒険を繰り広げる『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその"サイドB"としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、「マイクロプラスチック汚染」「雲の科学」「サメの生態」などの研究室訪問を加筆修正した『科学の最前線を切りひらく!』(ちくまプリマー新書)
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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