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大阪は歴史ある文化都市 吉田憲司さん

関西のミカタ 国立民族学博物館館長

よしだ・けんじ 1955年京都市生まれ。京都大学を卒業後、大阪大学大学院博士課程修了。アフリカのザンビアで仮面結社と憑霊(ひょうれい)現象についてのフィールドワークなどを実施。2017年から国立民族学博物館館長を務める。

■大阪は商人の街。民族学者の吉田憲司・国立民族学博物館館長(65)は、広く定着したこの「常識」が近年に作られたと話す。江戸時代から昭和にかけての大阪は、学術や文化レベルが高い知の中心地だった。経済的な地位低下が続く大阪に住む人々がアイデンティティーを確かめ、自信を得る手掛かりになりそうだ。

国立民族学博物館で初代館長を務めた梅棹忠夫先生が、財界人の前で「大阪は決して商都ではない。冠たる文化都市だ」と説いて喝采を浴びたことを覚えている。

大阪には懐徳堂や適塾など、江戸時代から明治初期の日本を代表する教育機関があった。東京にも昌平坂学問所があったが、大阪や地方の藩校が学問の中心だった。特徴ある教育は優れた人材を生み、明治維新を起こした。大阪が学問や文化を尊ぶ気風は明治時代も続いた。

昭和の後半に、大阪は学問や文化を企業の手に委ねた。例えば、サントリーのもとで学者や司馬遼太郎などの作家、茶道家らがサロンを作った。だが21世紀には東京へ本社を移す企業が増え、経営の余裕も失われた。サロンも消滅した。

私の師匠で美術史家の木村重信・大阪大学名誉教授は大阪府の文化顧問で、府庁に個室を持っていたが、それも無くなった。梅棹先生は「東京を首都にするために、大阪を商都だと言い出した。そのイメージを大阪の人もすり込まれた」と話していた。

国立民族学博物館(大阪府吹田市)へ新しいトーテムポールを設置する式典であいさつする吉田さん=同博物館提供

■大阪は笑いの中心地、という見方にも否定的だ。学術や教育の都である京都は、日本や世界の中で一定の存在感を保っているとみる。

「大阪イコール笑い」というのも限定したイメージで、大阪の文化の一部にすぎない。大阪で盛んな文楽には、深刻な話題が多い。能も盛んだ。テレビやインターネットを通じて「笑い」のイメージが強まれば、それ以外の伝統的な文化が見えなくなる。

一方で、私が生まれ育った京都には今でも大学や研究機関が集積し、大人が学生を「さん」付けで呼ぶ。街全体で学生を温かく扱う雰囲気が残る。全国から若者が集まる、学術や教育の都だ。

私は京都大学を出て、大阪大学の大学院へ移った。幼い頃に京都・北野の野山を駆けまわったのが原風景だ。山登りは民族学で欠かせないフィールドワークの技能を鍛える場にもなった。新型コロナウイルス感染症の流行が収まれば、また世界から観光客が京都へ押し寄せるだろう。

■2025年の国際博覧会(大阪・関西万博)や、流行が続く新型コロナウイルス感染症が、関西や地方の復活の鍵を握るとみる。

万博の最初のテーマは長寿と健康だった。私はこれに反対した。人類全体を見渡せば、まだ長寿を達成できていない地域も多い。最終的には「いのち輝く未来社会のデザイン」に変わった。

万博は五輪よりも文化的なインパクトがあり、大きなレガシー(遺産)を残せる。国立民族学博物館も、1970年の大阪万博のレガシーだ。25年の万博で何を残せるかが、関西にとって非常に大事。計画中の会場のほか、70年万博や90年の国際花と緑の博覧会の会場も活用すべきだ。人類は他の動物に比べて遺伝的に均質で、環境の変化に弱い。文化的な多様性こそが、人類の命を担保している。この多様性の尊重から出発すべきだ。

新型コロナウイルスの流行で、東京の人口が減った。人々が敬遠してきたテレワークも、やってみたらできると分かった。東京で高い家賃を払って暮らす必要がないと分かり、地方へ人が動き始めた。これを機に人や物が日本中へ散らばり、日本を再構成できるかもしれない。関西万博が起爆剤となり、東京から関西、地方へ企業や人が動くとよい。(聞き手は草塩拓郎)

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