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一人ひとりに合うスポーツ指導を 野球諦め、学生起業

スポーティップ 高久侑也社長

スポーティップの高久社長(写真左)=同社提供

スポーツの秋、といっても今年は新型コロナウイルスの影響で運動不足に悩みつつも、「フィットネスクラブへ行くのはまだちょっと…」とためらう人も多いだろう。そんななか、家でプロのトレーナーによる指導を受けられる環境を作ろうとしているのが筑波大学発ベンチャーのスポーティップ(Sportip)だ。在学中に起業し、コロナさえもバネとして走り続ける高久侑也社長(25)の軌跡を追った。

今年6月、スポーティップはウィズコロナ時代を見据え、人工知能(AI)を使ってトレーナーや整体師が個人に合わせたオンラインスポーツ指導ができるアプリ「Sportip Pro」を公開した。2018年に創業した同社は理学療法士やトレーナーが指導で使うアプリ「Sportip for トレーナー」を展開していたが、これは対面でのスポーツ・トレーニング指導を想定したものだ。

同社のアプリは、トレーナーが個人の特性に合わせた指導ができるように開発している=スポーティップ提供

アップデートを決断したのはコロナが日本で感染拡大し始めた3月。高久さんはすぐにこう予測した。「運動してなかった人たちが自宅で運動不足になって太ったりストレスを感じたりして、大きな変化が出てくる。自宅でもいつでもどこでも誰とでも、自分に合ったトレーニングが楽しく受けられる。そういった価値を作っていくべきではないか」

新しいアプリでは、立っている様子を撮影すると、ねじれやゆがみなど姿勢の状態をすぐに分析し、筋肉の状態や重心の位置までも表示することができる。個人データに合わせたトレーニングメニューを自動で作成することが可能だ。

同社のアプリは直接利用者に売るわけではなく、フィットネスなどに使ってもらうビジネスモデル。高久さんのところには既存の取引先から「入会者が増加した」という声が届き始めており、成果を実感している。

高校野球での挫折と、祖父との別れ

高久さんがスポーツ指導に関心を持った原点は、6歳からずっと続けていた野球だ。中学からはボーイズリーグに所属し、練習に明け暮れた。練習は週7日、つまり毎日だ。いつかプロへと夢見ていたが、高校のときに転機が訪れる。自分の身体的特性と合わない指導が続いていたため、手の血行障害で野球を断念しなければならなくなったのだ。

コーチなど現場の指導者が経験に基づく指導しかできない。もっと個人の特性を明らかにしたうえで指導することが必要ではないか。そんな思いから、科学的な根拠に基づいたスポーツ指導に関心を持ち、筑波大学の体育専門学群に入学した。

さらにその思いを強くしたのが、祖父の存在だ。高久さんが尊敬する祖父もまた、経営者だった。「起業する人は家族が自営の人が多いとよく言いますが、僕も祖父から株の話とか、小さい頃からいろんなことを教えてもらいました」と振り返る。新しいものを作って金を稼げ、とも言われていた。高久さんにとって、起業するという道は身近なものだった。

しかし結局、祖父に起業の報告はできなかった。高久さんが23歳のとき、祖父は脳梗塞で倒れたのだ。

一命をとりとめ、病院に通っていたが、個人に合わせてうまく痛みを改善できるような指導は行われなかった。祖父もリハビリをやりたがらず、1年ほどで悪化して亡くなってしまった。

「もっと早くに適切な動作指導が必要だったのではないか」と高久さんは悔やむ。それが、個人の動作に対して個別にアプローチ、指導することの大切さにつながり、高久さんの理念の根幹になっている。

2つの出来事が折り重なり、高久さんを突き動かす「生まれてから死ぬまでの瞬間の全ての動きの指導、サポートしたい」というミッションが形作られていく。大学入学当初は教員になろうと思っていたが、部活の指導ではかかわる人数が限られてしまう。もっと多くの人に適切な指導ができるよう、在学中に起業の意思を固めた。

在学中は健康管理アプリを展開するFiNCテクノロジーズ(東京・千代田)の代表取締役室でインターンをしながら実際のビジネスを学んだ。パソコンの操作はできたものの、プログラミングなどは初心者。最初は何もできず戸惑いがあったものの、資金調達やデジタルマーケティング、共同プロジェクトのマーケティングなどを担当し、今も法人営業に生きる経験を積むことができた。可能なことだけやるのではなく、理想を掲げてそこからどう落としこんでいくか。「できるかできないかではなく、やるかやらないか」という姿勢でチャレンジすることの大切さを学んだ。

「趣味はスタートアップ」

高久さんが考える自分たちの強みは、「豊富なデータと指導のレベル」と自負する。筑波大学と共同研究を行っているので膨大なデータを持っており、その独自のデータを使って、分析・指導まで自社内で完結できる。

昨年、エドテックのスタートアップのコンペ「GESA」日本予選で優勝した=スポーティップ提供

6月には約6千万円の資金調達も行った。第三者割当増資の引受先はマネックスグループのVC(ベンチャーキャピタル)とデポルターレ・パートナーズなどだ。デポルターレ・パートナーズは元陸上選手の為末大さんが代表を務めるVCで、スポーティップが投資第1号案件となる。投資家は口をそろえ、真面目な起業家と評価する。「(高久さんの)趣味はスタートアップだね」と言われるほどだ。実際、創業してから一日も休まず働いているという。

ただ、業務も拡大するにつれ、課題も出てくる。社員数は3人で、高久さん以外はエンジニアだ。現在営業はトップである高久さんのマンパワーによるところが大きく、「再現性が課題」という。今後は採用を強化しつつ、ノウハウなどを共有する体制をしっかり作っていくのが重要だと考え、少しずつ形作っているところだ。

特に学生のときは、その身分が壁となり、採用では苦労した。気になった人にはSNS(交流サイト)で直接メッセージを送って誘ったが、反応がないことも多かった。去年の冬からはスタートアップ関連のコンテストに積極的に参加したところ、最近では「コンテストのプレゼンを見ました」と言って応募してくれる人が出てきた。

「AIがスポーツ指導をする世界がくる」

今年から動作解析のみならず、身体の内側に関わる研究を始め、将来的には「あなたは○○を摂取するとダイエットの効率が良い」など、その人の体内のデータも掛け合わせたアドバイスも可能となるという。

矢継ぎ早に開発を進める高久さんはどんな未来を見ているのか。

「人間はより高度な業務、コーチングに集中すべきだ。当社は、人間のコーチが担っていた動きのティーチングを担うソフトウエアを提供したい。今後ロボティクスとの融合によって人間の無駄なコストを削減し、高度なスポーツ指導・リハビリ指導が誰でも受けられる世界が来ると信じている。その根幹を担うAIを作っていきたい」。ロボット開発は他社と連携が必要ではあるが、今はその中枢となる「脳」の部分を作るという意識でソフトウエア開発を進めている。

「どんな人でも、生まれてから死ぬまでたくさんの動作をする。それを個人に合わせてサポートすることができれば、多くの人が幸せの生活を送れるはず」。悔しさが出発点だったが、今はミッションに変わった。そのミッションをエンジンにして走り続ける。

(ライター 天明麻衣子)

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