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アルツハイマー病治療薬 発病前に阻止する戦略に転換

日経サイエンス

(更新)
アルツハイマー病は多くの場合、まったく無症状の50代のうちから脳に異常たんぱく質の蓄積が始まり、高齢になってから認知症を発症する。早い段階で病気の進行を抑え、発症を阻止することを目指した研究が進んでいる〔井原康夫・荒井啓行著『アルツハイマー病にならない!』(朝日選書)をもとに作製〕。
日経サイエンス

9月は世界アルツハイマー月間だ。日本には約600万人の認知症患者がいるとみられ、その7割をアルツハイマー病が占めている。アルツハイマー病は1906年に最初に報告されたが、100年以上たった今でも根治薬は存在しない。アルツハイマー病の治療薬を研究している理化学研究所脳神経科学研究センターの西道隆臣チームリーダーに、治療薬の今後の展望について寄稿してもらった。

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アルツハイマー病治療薬の研究は、転換点を迎えている。これまで患者の脳に異常たんぱく質の「アミロイドβ」が蓄積するのを防ぐ、あるいは蓄積したたんぱく質を除去する薬の開発が積極的に進められてきたが、その多くが失敗した。近年、アルツハイマー病には感染症でいう「潜伏期間」のような無症状の期間が約20年もあることが明らかになり、発症してから治療するのではなく、無症状の間に病気の進行を食い止めて発症を防ぐほうが効果的だと考えられるようになった。

アルツハイマー病では多くの場合、50代で脳内にアミロイドβの蓄積が始まる。このときは何の症状もない。60代の後半から別の異常たんぱく質「タウ」が蓄積し、神経細胞が死滅し始める。すると「知人の名前が出てこない」といった軽度な認知能力の低下が起きるが、社会生活に支障はない。タウの蓄積が進むにつれて神経細胞が減っていき、ついにアルツハイマー病を発症する。一度減ってしまった神経細胞が増えることはないので、発症前にアミロイドβの蓄積を防ぐ必要がある。

なぜ異常たんぱく質が蓄積するのかというと、分解が進まないためだ。体内のたんぱく質は、合成と分解のバランスによって適切な量に保たれている。この分野の研究は日本の「お家芸」で、大隅良典東京工業大学栄誉教授をはじめ多くの日本人研究者が貢献してきた。

私たちはマウスやラットを使った実験で、脳内でアミロイドβを分解する酵素を突き止めた。この酵素は、加齢とともに作られる量が減ってくる。さらにこの分解酵素を活性化する因子を探し、ソマトスタチンという神経ホルモンを見いだした。ソマトスタチンが神経細胞の膜にある受容体に結合すると、細胞内で一連の反応が起き、分解酵素が活性化される。ソマトスタチンに代わって受容体に結合する薬を開発できれば、アミロイドβの分解を促進できるとみられる。

幸いなことに、ソマトスタチン受容体は、ヒトの体に800種類ほどある「Gたんぱく質共役受容体」(GPCR)の一種だとわかった。一般に酵素は複数の物質に結合するが、GPCRは特定の1つとしか結合しない。このためGPCRに結合する薬は体内のほかの作用に影響せず、安全な薬になる可能性が高い。またGPCRに作用する薬は、化学的に合成できる。アルツハイマー病に対しては抗体医薬の開発も進んでいるが、抗体は細胞に産生させて作る必要があるためコストが高い。アルツハイマー病患者は5年後には日本で500万人に達するとの推計もあり、安価に製造できる薬が求められている。

(理化学研究所脳神経科学研究センター 西道隆臣)

(詳細は9月25日発売の日経サイエンス11月号に掲載)

日経サイエンス2020年11月号(特集:アルツハイマー病/特別解説:COVID-19見えてきた治療薬)

発行 : 日経サイエンス
価格 : 1,466円(税込み)

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