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パソナ本社機能移転、働き方のニューノーマルになるか

グロービス経営大学院教授が「HRテック」で解説

パソナグループが東京・大手町にある本社機能の大部分を数年かけて兵庫県の淡路島に移転する、というニュースが最近話題になりました。コロナ禍でリモートワークが一般的になり、働き方に関する人々の考え方が変化したことなどが背景にあったと思われます。

今回のパソナの取り組みについて、グロービス経営大学院の嶋田毅教授が「HR tech(テック)」や「働き方改革」の観点で解説します。

【解説ポイント】
・本社機能の分散は人事系の情報技術やサービスを発信する機会
・地方創生を体現できれば後に続く企業も
ビジネススキルをもっと学びたい

【関連記事】パソナ、本社機能を淡路島に 東京集中の弊害回避

移転は経営理念の表れ

淡路島への本社機能の移転の狙いについて考えてみましょう。最初に考えられるのは同社の経営理念やミッションの追求です。パソナは「社会の問題点を解決する」「人々の心豊かな生活の創造」といった経営理念の下、「働くを創る」「人生を楽しむ」「人財を育む」「文化を創る」といったミッションを掲げています。社会変革に挑戦することは、同社の存在意義でもあるわけです。

もともとパソナグループは、南部靖之代表が関西大学在学中の1976年に主婦の再就職を応援したいという思いのもとに創業した「テンポラリーセンター」が母体です。その後は事業を拡大し、福利厚生のアウトソーシングサービスや介護人材の育成、人材コンサルティング、就農支援などに進出しました。

近年は地方創生への取り組みが目立ちます。東北の震災復興支援などとともに、特に注力しているのは2008年に開始した淡路島での活動です。広大な体験型テーマパークや、サンリオと組んだレストラン「ハローキティショーボックス」が代表です。南部氏が神戸市出身で、近くの淡路島には思い入れがあるとのことで、本社機能の移転もその延長にあるといえそうです。

近年は人事関連のIT(情報技術)を意味するHRテックの活用にも積極的です。例えば18年には傘下の福利厚生代行会社、ベネフィット・ワンで顧客企業の健康経営を推進するサービスを始め、健康診断結果の経年管理や健康情報を提供しています。最近も組織の課題を発見し、人事施策や組織マネジメントにいかす組織分析ツールを発売しました。

つまり人材サービスや地方創生のリーダーをあろうとするパソナにとって、本社機能移転は経営理念やミッションを実現し、「自ら範を示す」という要素が非常に強いのです。

HRテックのPRにも

第2の目的は働き方改革やHRテックの第一人者として、人材サービス業界での競争力を高めることです。「自分たちは実現できていますよ」と示すことは、これ以上ないプロモーションになるでしょう。

本社機能を分散する方針は南部代表が以前から構想していたようですが、後押ししたのは、やはり今回のコロナ禍でしょう。オンライン会議システムやITツールを駆使すれば、自宅でもある程度は仕事ができると多くの人が気づきました。多くの知識労働は在宅でも実現できる時代が来たというのは、大きなパラダイムシフトといえるでしょう。

そうなると当然、「そもそも地代の高い東京にオフィスを持っておく必要があるのか?」という疑問も強くなります。もちろん東京にオフィスを持つことのメリットは多々あります。大学が多いために優秀な人材を採用しやすい、娯楽や商業施設が充実しているので生活の質や満足度が高い、多くの大企業の本社や官庁が集まって連携や営業がしやすいなどです。

一方で、東京一極集中は働く個人にとって良いことばかりではありません。家賃の高騰による可処分所得の圧迫、長い通勤時間のストレス、子育て環境の難しさ(それゆえの少子化)といった問題があるでしょう。

企業にも高いオフィス賃料、地震など有事でも事業活動を続けるBCP(事業継続計画)のリスクなどがあります。これまではマイナス面よりメリットが上回ると考えられたからこそ、東京本社にこだわる企業が多かったのです。

ただ、地方でのテレワークで業務パフォーマンスを出せるとなれば、本社機能の一部移転は理にかなうようになってきます。

第3の目的として、地方にパソナのような大企業が移転することは、少子高齢化や地方経済の衰退に悩む日本における企業の社会的責任を果たす意味も出てきます。

例えばコマツは東京に集中しがちだった各種の機能を、おひざ元でもある石川県に大きく戻しました。当時の坂根正弘会長は「石川県で働くコマツ社員の既婚女性1人あたりの子供の数は2.0人。首都圏では0.76人」と具体的な数字を挙げて、地方活性化への取り組み姿勢を示しました。

地方創生を事業ドメインの1つとするパソナにとっては、淡路島への移転は一石二鳥といえるでしょう。

働き方改革はもともと長時間労働の短縮や正規と非正規雇用の格差是正、実績主義の評価といった分かりやすい生産性向上が目的ではありません。大目標は「1億総活躍」です。人々が豊かで余裕のある生活を送ることで出生率が上がり、子育て世代や健康なシニアが労働市場に参加し、労働人口を支えていくことです。大企業の地方移転は、大局的な社会貢献にもつながるはずなのです。

パソナの課題とは?

では今後、パソナの課題は何でしょうか? すぐ思い浮かぶのは、業務プロセスの改善と人材ののスムーズな移動(異動)支援でしょう。業務プロセスの改善はHRテックにとどまらず、様々なテクノロジーの活用が必要になります。

人材サービス業界の先頭集団で走るパソナにとって失敗してはならない重要なポイントでしょう。逆にいえば、テクノロジーを活用した先端的な業務フロー(営業なども含む)や従業員マネジメントを実現でき、主力事業の人材サービスの質を向上できれば、競合に対して大きな優位性となります。

現実的な課題は人材の移動かもしれません。パソナは数年かけて個人の希望を聞いて居住地を選択してもらい、希望者に淡路島への移動を促すようです。

しかし、東京勤務がしたくて就職した従業員や「子どもの教育を考えると首都圏がいい」「親の介護をするので淡路島には行けない」といった従業員も多いはずです。業務プロセスで解決できるかもしれませんが、瞬間的に生産性の低下や単身赴任などによるモチベーション低下をもたらす可能性があります。

これらの課題をパソナがいかに解消していくかは、他社にも大きなヒントをもたらします。もしパソナの取り組みがうまくいけば、「セカンドペンギン」「サードペンギン」として地方移転に踏み切る企業が増え、日本企業が真の働き方改革に向かっていく可能性が一気に高まるかもしれないのです。

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

「HRテック」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/89150bc6(グロービス学び放題のサイトに飛びます)

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