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米大統領選まで1カ月 人種差別、過去にも争点に

ビジュアル解説 米大統領選(4)

(更新)

米大統領選まで1カ月となりましたが、人種差別問題が大きな争点になっています。白人警官による黒人暴行死事件で抗議デモが全米に広がりましたが、トランプ大統領は取り締まりを強化することで白人層の地盤固めを図り、民主党候補のバイデン前副大統領は差別解消を訴えています。このように人種問題が大統領選の争点になったことは過去にもありました。

主な3人の大統領を見てみましょう。

リチャード・ニクソン大統領

トランプ氏が好んで使う「法と秩序」という言葉は、ニクソン氏が大統領選で掲げたスローガンです。ニクソン氏が共和党の大統領候補となった1968年はベトナム反戦運動が激しかったのに加え、公民権運動の指導者キング牧師や民主党の最有力大統領候補だったロバート・ケネディ上院議員が暗殺されるなど、治安悪化への懸念が強まっていました。

ニクソン氏の訴えた「法と秩序」は、黒人暴動に対して警察当局の介入を辞さないという強い姿勢を表しています。治安維持を求める白人有権者へのアピールでした。

もともと共和党は「奴隷解放宣言」を訴えたリンカーン大統領をはじめ、反奴隷制を掲げていました。しかしニクソン氏は党の姿勢を転換し、白人保守層を取り込むことで当選しました。

ロナルド・レーガン大統領

レーガン氏は大統領選で社会保障費の削減を訴えました。やり玉に挙げたのが「ウェルフェア・クイーン(福祉の女王)」です。生活保護費などを受給して働かずに生活しようとする貧困層の黒人シングルマザーを差別的に指す言葉でした。

レーガン氏が1980年の大統領選の遊説を始めたのは、ミシシッピ州フィラデルフィア。ここは白人至上主義団体クー・クラックス・クラン(KKK)が公民権運動家3人を殺害した事件で有名な場所でした。

バラク・オバマ大統領

イリノイ州上院議員だったオバマ氏が全米で注目されるようになったきっかけは、2004年民主党全国大会のこの演説でした。「リベラルの米国も、保守の米国もありません。私たちは一つの国民で、誰もがアメリカ合衆国を守っているのです」

初の黒人大統領となってからも、オバマ氏は他の黒人指導者と異なり、人種差別解消を声高に訴えることはしませんでした。「米国は多様性の上に成り立つ国」という主張は広く浸透したように見えましたが、トランプ大統領の登場で再び米国の分断が深まっています。

過去にもこんな出来事が

人種差別が大統領選の争点になったのは、何がきっかけだったのでしょうか。

(1)公民権運動(1950~60年代)

「私には夢がある」。歴史的なスピーチを行った公民権運動の指導者、キング牧師(1963年8月)=AP

かつてジョージア、アラバマ、ミシシッピ州など南部では白人が黒人を分離する政策が合法的に実施されていました。一般に「ジム・クロウ法」と呼ばれ、交通機関や学校、レストランなどで黒人を隔離することを認め、違反した黒人は逮捕されました。

61年に就任したケネディ大統領はジム・クロウ法の撤廃を進めました。ケネディ氏の暗殺後、政権を引き継いだジョンソン大統領のもとで64年に公民権法が成立し、黒人ら有色人種の人権と地位を保障しました。

(2)ロドニー・キング事件を発端とするロサンゼルス暴動(92年)

1992年に起きた「ロサンゼルス暴動」。警官隊との衝突で1万人以上の逮捕者が出た=AP

91年3月、ある事件の映像が全米に衝撃を与えました。スピード違反で逃げたロドニー・キング氏をロサンゼルス市警の警官4人がスタンガンで撃つなどの暴行を加えたのです。

警官は起訴されましたが無罪となり、それに抗議した黒人らが暴動を引き起こしました。50人以上が死亡し、負傷者は2千人超という米国で最大規模の騒乱となりました。

(3)ジョージ・フロイド氏暴行殺害事件

黒人差別に抗議する人たちは、キング牧師の演説から57年目の8月28日に大規模な集会を開いた=AP

2020年5月、ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性ジョージ・フロイド氏が白人警官に暴行・殺害されたときの映像がSNS(交流サイト)で広く流れたことをきっかけに、全米に抗議活動が広がりました。

新型コロナウイルスの感染拡大で、多くの都市で外出が制限されていましたが、人種差別撤廃を求める人々が抗議デモに参加し、一部が暴徒化しました。トランプ氏は「略奪が始まれば銃撃が始まる」とツイッターに投稿し、武力鎮圧も辞さない強硬姿勢をとりました。

テニスの全米オープンで優勝した大坂なおみ。人種差別に抗議し黒人被害者名が入ったマスクを各試合で着用した(ニューヨーク)=AP、USA TODAY、ゲッティ共同

人種隔離政策はどう実施されていたのか

黒人の権利を実質的に剥奪する人種隔離政策は、法律や社会規範など、様々な形で実施されていました。その代表例が、白人と有色人種で学校を分ける政策です。導入していたのは主に南部の州でした。

黒人の投票妨害も一部地域で実施されていました。土地を持たない黒人は投票禁止とすることで、実質的に投票権を奪われていました。現在でも、黒人が多く住む地区から遠く離れた場所に投票所を移転することで、投票に行きにくくするなどの妨害が行われているとの指摘もあります。

記事・河内真帆、伴百江(ニューヨーク) 編集・川合智之(国際部)、鈴木輝良、野岡香里那、染川祐佳里(写真映像部)、藤沢愛(デザイン部)

米大統領選

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