丸の内に華やぎを 狙いはトゥモローランド
佐々木社長に直談判

日経MJ
2020/9/20 2:00
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NIKKEI MJ

1998年、東京・丸の内の再開発が始動した。社内商業チームに課せられたのが将来にわたって続く商業開発への道筋作りだった。「オフィス賃貸を基幹にしてきた三菱地所にいったい何ができる」――。冷ややかな周囲の反応のなか、人気セレクトショップ「トゥモローランド」の大型路面店の誘致に照準を合わせる。賭けだった。語り部は丸ノ内ホテルの渡邉利之社長。

丸ビルの建て替えが完了するのは約3年後の2002年秋。「丸ビル商業計画の基本コンセプトと同じプランで仲通りの空き区画の商業化を先行させ、丸ビル開業時に一気に相乗効果を狙いたい」と考えました。物販店・飲食店合わせて5200坪(約1万7000平方メートル)ほどの丸ビルの商業ゾーンだけ生まれ変わったとしても点にしかすぎません。長期間、段階的に丸の内を面として商業開発していくというメッセージを強く発信したかったのです。

確かに郵船ビルの1階にパリコレ参加のブランド「カバン ド ズッカ」がカフェとの複合業態で出店を決めてくれました。しかし、それだけでは「たまたま」という見方だってできます。何とか第2弾も決めて「三菱地所は丸の内を本気で根底から変える」という真剣さを実践で示したいという思いでいっぱいでした。

狙いを定めたのが、働く女性たちから絶大な人気を集めていたセレクトショップ「トゥモローランド」でした。ただ、全国の百貨店や都市型のショッピングセンターから連日のように出店オファーが届く有力店。こちらが「出店して下さい」とお願いしたところで、簡単に検討してもらえないことは十分認識していました。

丸の内二丁目ビルにトゥモローランドを誘致した(2020年5月)

丸の内二丁目ビルにトゥモローランドを誘致した(2020年5月)

裏を返せば、だからこそ挑戦する意味がありました。「トゥモローランドは必ずや丸の内を変えてくれる。何とかしたい」。チームの強い思いは日々募るばかりでした。

ブレーンメンバーも交えて何度も作戦会議を開き、ようやく「これで行こう」と決まったのがトゥモローランドの佐々木啓之社長(現会長)への直談判作戦。丸の内全体の商業戦略や丸ビル計画を説明しながら、現地を直接視察してもらう一か八かの作戦でした。

ただ、全国の商業施設からの出店オファーが山積しているなかで、佐々木社長に閑散とした丸の内に来てもらうためのスケジューリングは至難の業でした。そんな時、チャンスがやってきます。佐々木社長が出張帰りで夕刻、東京駅に立ち寄るというのです。「ここだ」。Xデーが決まりました。

偶然にもこの日は、後に「丸の内」の名前を世のグルメたちに広く知らしめることになる、有名レストランの開業パーティーの日でした。

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