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「人間としても成長する」 ミッション達成の大坂

全米オープンを制し、コートであおむけに空を見上げる大坂なおみ=ニューヨーク(USA TODAY)

世界ランクトップ10のうち6人の女子選手が新型コロナの感染拡大が止まらない米国の大会の欠場を決めた。無観客、選手は人の出入りを制限した「バブル」と呼ばれる空間のみでの生活……。「アステリスク(注)付きで語られるシーズンになる。でも将来の教訓になる。そして、このクレージーな状況で勝つにはメンタルが試される」

大会前、セリーナ・ウィリアムズ(米国)がこう語った全米オープン(OP)を制したのは、大坂なおみ(22、日清食品)だった。20歳の勢いで頂点まで駆け上った1度目の優勝に対し、「この2年での経験が私を嫌でも成長させた。今はより完成され、自分のしていることを分かっている」。オンコートでは自分の武器、どうすれば勝てるかを理解し、ミスを減らし、自分からストローク戦を組み立てるスタイルを確立しつつあることを優勝で証明した。そして、コートを離れても「自分がありたいと思うアスリート像」に向け、一歩を踏み出した。

女子シングルスで優勝しトロフィーを手にする大坂なおみ=ニューヨーク(USA TODAY・ロイター=共同)

8月、そろりとツアーを再開したテニス界を驚かせたのは、全米OPの前哨戦となるウエスタン・アンド・サザン・オープン準決勝を、警官による黒人男性銃撃事件に抗議の意を込めて大坂がプレーしないという声明だった。それまでに米プロバスケットボール(NBA)、大リーグなどで次々とボイコットは起きていた。ただしテニスは欧州にルーツがあり、黒人選手が増えているとはいえ、まだ白人選手が圧倒的に多いスポーツ。そこで人種問題というセンシティブな問題についてもの申すとは……。

大坂は米国育ちだが、日本人の母親とハイチ出身の父親を持つ日本人だったからできたという指摘がある。さらに、世界で最も稼ぐ女性アスリートだからできた行動ではないか、と。

大坂の決断に若い世代らが続く

いずれにせよ、大会主催者の米国テニス協会(USTA)や女子テニス協会(WTA)、男子テニス協会(ATP)も大坂の意見を受け入れ、試合を1日キャンセルすることに抵抗はなかったようだ。新型コロナの自粛期間中、米国ではテニスを始める人が例年より55%も増えていた。黒人やラテン系の愛好者も多い。「(WTA創設者の一人)ビリー・ジーン・キングらには『誰のために仕事をしているのか、忘れないように』と言われた。テニスのために仕事をするのが我々の役割。SNS(交流サイト)への反応もよかった」と全米OPトーナメントディレクター、ステーシー・アラスターさんは言う。

テニス界が好意的に受け止めたことで、一気に枷(かせ)が外れた。全米には16人の黒人選手が出場したとされるが、若い選手を中心に次々と差別問題について語りはじめた。もともと熱心な16歳のコリ・ガウフ(米国)や20歳のフェリックス・オジェアリアシム(カナダ)、22歳のステファノス・シチパス(ギリシャ)らまでも。「若い世代の選手は結果を恐れず、発言するようになっている」と大坂は話す。

ただ、ここまで騒ぎになることを予期してはいなかったようだ。抗議の態度は一人で決めたわけではなかった。まず、エージェントに相談、一緒にWTAに電話した。WTAが「サポートしたい」と応じ、すぐに一日全ての試合延期を決めたから、声明を出したという流れだった。「私は翌日プレーしないと書いたけど、棄権すると書いてない。そこで混乱が起きた」

テニスの全米オープンで命を奪われた黒人被害者名が入ったマスクを着用した大坂なおみ(左列上から下に1回戦~3回戦、中央上から下に4回戦~準決勝、右は決勝)=12日、ニューヨーク(AP、USA TODAY・ロイター、ゲッティ共同)

全米OPでは信念を持って犠牲者の名前が書かれたマスクをつけ続けた。1回戦で「(決勝まで)7種類ある」と語ったことが興味をかき立て、試合のたびに話題になったのだから、「全米は国際大会で世界中の人がテレビを見る、みんなが問題の存在に気づいて、会話するきっかけになれば」というミッションは達成されたことになる。

問題が問題なだけに、静観する選手の方が多かった。セリーナですら「なおみにとって正しい決断なんだと思う。(社会には)いろんな不正義がある。私にはほかの、よりスピリチュアルな信条がある」と述べた。上の世代は政治・社会的テーマへ発言することで厳しいバッシングを浴びもしてきたことも、大坂は理解している。「セリーナは『生きるアイコン(象徴)』。そもそも彼女がいなければ、私はここにいない。話したいときはいつでも話すでしょう」

コービー・ブライアントさんのユニホームを着てトロフィーを掲げる大坂なおみ(本人のインスタグラムより)

ツアー中断が明けたとき「人間として成長していたかった」と話していた。コート上では冷静に選手の挑戦も跳ね返し、記者会見では手ごわい質問もいなし続けた。「正直、ストレスはあった。『バブル』生活で息抜きにも行けないし。テニスだけでなく、オフコートでも『こうありたい』と思う人間になるためには、メンタルが強くないといけない。大会を通じていいテニスができたし、オフコートの人間としても成長したと思う」。こちらもミッション達成。この急成長には、1月に事故で亡くなった元NBAスター、コービー・ブライアントさんの影響も否定しなかった。「彼は誰にでも親切で温かかった。彼が誇りに思うような、立派な人間になりたい。まだ時間はかかるけれど」

このあとの活動については「感情的にできることしかしない。今はそれでいい」と、自分のペースで関わっていくという。9月27日から始まる全仏オープンでも続けるのか。「プレーする予定だけど、どうなるかな? 少し休んで、私はどう感じるかな?」。さらに成長した大坂が見られるのはいつになるか。

(原真子)

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