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復活の照ノ富士、コロナ禍の力士の手本に

7月場所で師匠の伊勢ケ浜親方(左)から優勝旗を受け取る照ノ富士(日本相撲協会提供)=共同

13日に初日を迎える大相撲秋場所(両国国技館)で、先場所優勝を果たした照ノ富士は東前頭筆頭まで番付を上げた。両膝のけがや病気を乗り越え、再入幕の場所で見事に優勝を遂げた姿には驚かされた。世の中で挫折を経験した人にはこの復活劇が大きな励みにもなっただろう。そして引退を思いとどまらせて再起に導いた師匠の判断は、私にとっても非常に勉強になるものだった。

あらためて先場所の照ノ富士を振り返ると、何といっても力強さがすごかった。13日目に新大関朝乃山を破った一番などは、まさに力で勝ったという内容で、果たしてどちらが大関かという相撲だった。けがをする前はパワーだけでねじ伏せるというか、両脇から抱え込んで反っくり返って相手をつり上げるような強引な取り口もあったが、そんな相撲がけがを招いたと本人もわかったのだろう。以前とは違う強さを持った照ノ富士が戻ってきたという印象だ。

照ノ富士の真意をくみ取った師匠

同じ幕尻優勝といっても、初場所の徳勝龍のように勢いに乗って勝ち続けたという印象ではない。もともと地力もあるし、また大関の地位に戻ってやるぞという前向きな気持ちにもなっているだろう。今場所の番付は上位と総当たりするだけに、他の力士にとっては大きな脅威に違いない。

大関にまで上がった人間が序二段まで落ちて相撲を取るというのは、正直かなりきつい部分がある。力士にとって膝のけがの影響は大きいし、病気にも苦しんだと聞く。肉体的にも精神的にもぼろぼろの状態だったはずだ。何度も引退を申し出たというのは仕方ない面もあるが、引き留めた師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)には病気が治れば何とかなるという思いがあったのだろう。まだ20代と若く、チャンスがあるのに辞めていいとは言えない。その師匠の言葉で気持ちを入れ替えて諦めずに頑張った照ノ富士の努力、そして諦めないようにもっていった師匠の指導には感服する。

照ノ富士の例とはレベルが違うが、私の部屋でも引退していった弟子がいるし、現在幕下で十両復帰を目指している魁勝も過去に何度か辞めたいと私に訴えてきたことがある。そんなときはまず理由を聞き、けがや気持ちの面を確認して、まだできると判断すれば「それは違う」と伝える。もちろん自分の体ではないから、本人の気持ちがもう完全になくなっているのに無理やり続けさせて故障が悪化してしまい、その後の生活に影響が出るようなことがあってはいけない。ただ、簡単に諦めることだけはさせられない。

照ノ富士の場合も、辞めたいというより「もう駄目かな、辞めないといけないかな」という気持ちだったのかもしれない。そこを師匠がみて、まだ頑張れると考えたのだろう。引き留められて翻意したということは、まだ本人にも相撲を取りたい思いがあったということだ。単に言葉だけでなく、その奥にある真意をくみ取って判断するのも親方として大切だ。

引退後の生活にも役立つ指導を

相撲を離れて別の仕事に就いたとしても、つらく大変なことはたくさんある。行き詰まったときにも負けず、立ち直っていけるような人間に育てることが重要だ。相撲を強くするだけでなく、へこたれない強い気持ちをつくること、人として精神的に強くしていくことが師匠である自分たちの役割だと思っている。

強い照ノ富士の復活は他の上位力士にとって脅威となる(日本相撲協会提供)=共同

照ノ富士も挫折を味わったことで、精神面が強くなったのだろう。いいときは人がたくさん寄ってくるし、けがをしたり落ちたりすれば離れていく。そんな人間関係も含めて、貴重な人生経験となったはずだ。もちろんけがや病気をしないに越したことはないけれど、いいことも悪いこともたくさん経験しておけば必ず後で生きてくる。先場所のように土俵での結果につながることもあるし、誰かが同じような苦しみを味わったときに助言する言葉の重みも変わってくる。

新型コロナウイルスの影響で接触を控えるために今も角界では出稽古ができず、場所に向けた調整には制約がある。部屋に関取が自分だけという力士の場合は満足いく稽古が積めない。ただ、どんな状況でも力士たちには「どうして自分だけ」と言い訳はしてほしくない。照ノ富士が苦しい時期を糧にし、地道な努力を重ねて結果をつかんだ姿を見習うべきだ。

今を無駄にせず、諦めずに工夫すれば何かできることは必ずある。苦しい経験を良い経験に変えられるのは自分自身の努力だけ。先場所の照ノ富士の復活優勝がそれをはっきりと証明している。

(元大関魁皇)

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