さんふらわあ、関西―九州結んで半世紀 幾度の荒波
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関西タイムライン
2020/9/10 2:01
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志布志行きのフェリーに次々と大型トラックが乗りこんでいく(大阪市)

志布志行きのフェリーに次々と大型トラックが乗りこんでいく(大阪市)

フェリーさんふらわあ(大分市)の前身企業、ダイヤモンドフェリーが神戸―大分のフェリー航路を開設して半世紀。オイルショックや高速道路網の拡充、バブル崩壊などの荒波に見舞われ、2011年にはライバルの関西汽船と合併した。近年は輸送手段をトラックから船に替える「モーダルシフト」の追い風を受けるが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて新しい挑戦が始まっている。

■石油危機や再編

大阪市の南港に停泊する大型フェリー「さんふらわあ さつま」に次々と大型トラックが乗りこむ。志布志港(鹿児島県志布志市)への積み荷は飼料など。18年に就航したさつまの旅客定員は709人で、大型トラック121台、乗用車134台を積載できる。平日は午後5時55分に出航し、翌日の午前8時55分に志布志港へ到着する。

トラックの運転手は入浴すると個室で休む。一般旅客も個室が中心で、相部屋のツーリストルームには間仕切りのカーテンがある。バルコニー付きのスイートルームや和室、ペットと一緒に泊まれる部屋、ドッグランも備える。「大部屋に雑魚寝というイメージが変わり、若者にも好評」と和田智博事務長は語る。

「さんふらわあ さつま」のエントランスは3フロア吹き抜けでクルーズ船のよう

「さんふらわあ さつま」のエントランスは3フロア吹き抜けでクルーズ船のよう

フェリーさんふらわあは大阪―志布志のほか、大阪―別府、神戸―大分の3航路を運航している。関西と九州を結ぶ最初の長距離カーフェリーは、阪九フェリー(北九州市)が1968年に開設した神戸―小倉航路。70年2月にダイヤモンドフェリーの神戸―大分航路が続き、関西汽船も71年に大阪・神戸―別府航路で参入した。フェリーは大競争時代に入った。

中国自動車道は70年3月に吹田―豊中間が完成したばかりで、国道2号の混雑は激しく、フェリー需要が急増した。しかし、間もなくいくつもの大波をかぶる。まず、73年の第1次オイルショックで燃料価格が高騰した。75年に山陽新幹線が博多駅まで延伸し、83年には中国自動車道が山口県下関市まで全通した。

71年にダイヤモンドフェリー、78年に関西汽船がいずれも来島どっく(現新来島どっく)のグループに入ったものの、ほぼ航路が重なる両社は競争を続けた。90年に両社は大阪商船三井船舶(現商船三井)の傘下となり、2003年の業務提携後も最初は「机の上で手をつなぎ、下では足を蹴りあっていた」という。11年に商船三井系のフェリーさんふらわあと合併して1社にまとまり、新しい時代に挑む体制が整った。

合併後、貨物輸送と並ぶ経営の柱にしようと取り組んだのが旅客サービスだ。最低1万円で大阪・神戸と九州を往復する現地0泊船中2泊の「弾丸フェリー」を企画したほか、12年には風光明媚(めいび)な瀬戸内海の船旅を楽しめる昼行便のイベント運航を始めた。営業企画室の大西康人氏は「時間で飛行機や新幹線に勝てないと思っていたが、船旅を楽しんでもらう発想に切り替えた」と説明する。

客室やレストランなどの設備を上質にして、テープ投げや銅鑼(どら)で船出を演出した。「星空教室」など船内イベントにも力を入れた。現在は新型コロナの感染予防のため休止しているが、高知県沖で見る星空は本当に素晴らしい。

■空気清浄を徹底

同社の3航路を合わせたトラックの乗船台数は19年に20万台を超え、旅客も約59万人と直近10年で最多になった。ところが、ここでコロナ禍に直面する。トラック輸送の落ちこみは小さい半面、一般旅客は前年同期の1割以下になった時期もある。全船で空気清浄機の導入やエアコンへの抗菌・抗ウイルスフィルター設置を進め、「船内を医療機関レベルの空気清浄度に保つ」(大西氏)。

22年末以降に「さんふらわあ くれない」「さんふらわあ むらさき」の新造船2隻を大阪―別府航路に投入する予定だ。大型化とあわせ、液化天然ガス(LNG)燃料を使用して二酸化炭素の排出量を抑える。かつて大阪商船(現商船三井)が同航路で運航し、「海の女王」「瀬戸内海の女王」と呼ばれた「紅丸」「紫丸」の名前を引き継ぐエースに位置づけられる。和田事務長は「船旅を心から楽しめる日常が早く戻ってほしい」と話している。

(編集委員 宮内禎一)

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