学園ドラマは好きじゃない 学校は自分の意思を磨く場
横浜創英中学・高校の工藤勇一校長(1)

新型コロナウイルス感染が続くなか、横浜創英中学・高校にうれしいニュースが飛び込んできました。高校2年生の平野水乙さんがフジテレビの「ドラマ甲子園」で大賞を受賞しました。ドラマの脚本だけでなく、泉谷しげるさんなど有名俳優を相手に監督も務めたそうです。この秋のドラマの動画配信が楽しみです。
ドラマの題名は「言の葉」。人付き合いが下手で友人ができない女子高生と言葉の話せない少女との心温まる友情物語です。平野さんによると、当初はきっと「お飾り監督」のようなものだろうと高を括っていたのだそうですが、そんな甘い考えは初日の撮影がスタートした瞬間からすぐに覆されたそうです。プロの俳優さんがどう演じたらいいのかを自分で考え、指導することを本気で求められたのです。
撮影が進むなか、遠慮なく発言できる自分を自覚するようになったとも話していました。何より勉強になったのは、俳優のみなさんのプロとしての覚悟と演技のすごさ。それにより自分の脚本の解釈が一層深くなったとも言っています。撮影には10日間程度を要したそうですが、「大人と自然体で話せるようになった」と喜んでいました。人生は試行錯誤の連続ですが、彼女にとってかけがえのない特別の体験になったようです。
「言の葉」は高校生を主人公にした青春ドラマですが、一昔前に若者にうけていた青春学園ドラマを私はあまり好きではありません。大半の学園ドラマは「大人は悪い」「青春はすばらしい」ということを前提にストーリーが構成されているからです。乱暴な言い方をすれば、単純な二項対立で描かれています。結果、嫌いな大人になりたくない、社会に出たくないなど、ピーターパンのようにいつまでも子どものままでいたいとなってしまうのです。一見、感動的に見えるドラマが多くの不幸な子どもたちと学校を生み出している。私にはそんな風に見えるのです。
教師として私が生徒たちに伝えたいことは違います。世の中もまんざら捨てたものじゃない、素敵(すてき)な大人は山ほどいる。君たちも社会に役立つ大人になれる、そして学校というのはそのための準備の場だということです。こんな大人に成長したいから、これを学ぼうと自分で決める場です。勉強させられるのではなく、勉強したくなる場であるべきです。
私は大学卒業後に公立中学の数学の教員になりました。その後、教育委員会などでも仕事をし、この3月まで東京の千代田区立麹町中学で校長を務め、定年退職後の4月からは、横浜市にある私立校、横浜創英中学・高校の校長に就任しました。
私が教師として、ずっと最上位の目標としてきたのは「自律した大人に育てること」です。横浜創英の建学の精神は「考えて行動できる人の育成」ですが、まさに自分の意思で行動できる生徒を育てていきたいと思っています。
同じような建学の精神を唱えている学校は少なくないと思いますが、本当にその学校の校長や教師陣は腹落ちし、それを実践しているでしょうか。多くの学校ではお飾りになってしまっているように思います。「自分で考えて行動を」としながら、現場の教師がこれはダメ、あれはダメと事細かく指導しているようでは、建学の精神のような生徒は育成できません。
今、コロナ禍のなかで、私たち大人は、どれだけ当事者意識を持ち、自分で考え、責任ある行動をとれているのでしょうか。多くの人が指示待ちの状態で、その結果、不満ばかりを口にしているように感じます。教育界でも、学校は教育委員会、教育委員会は文部科学省のそれぞれ指示を待ち、時間ばかりムダに過ぎてしまっている。そんな姿も見えてきます。
正直言って「自己決定」のできるリーダー人材が明らかに欠如していると思います。
昔の大半の学園ドラマの主人公はツッパリ少年でした。確かに当時の管理教育の中で、被害者意識を持つ生徒は少なくなかったと思います。以前は学校と社会が分断されているケースもありました。しかし、あくまでも学校は社会に役立つ人材育成の場でなくてはいけません。自律した大人に育てるための教育改革をこの横浜創英を舞台に全員が主役となって実践してゆきたいと考えています。
1960年、山形県生まれ。東京理科大学理学部卒。1984年から山形県の公立中学校で教えた後、1989年から東京都の公立中学校で教鞭をとる。東京都教育委員会などを経て、2014年から千代田区立麹町中学校の校長に就任。宿題や定期テスト、学級担任制などを次々廃止するなど独自の改革を推進。2020年4月から現職。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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