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挨拶はごきげんよう 異色女性官僚生んだ白百合の校則

須賀千鶴・世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター長(上)

須賀千鶴・世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター長

カトリック系のミッションスクール、白百合学園(東京・千代田)。幼稚園から小学校、中学、高校まであり、日本を代表するお嬢様学校といわれる。世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターの須賀千鶴センター長(経済産業省から出向中)は、型破りな異色女性官僚として知られる。世界経済フォーラムは「ダボス会議」開催で知られる国際機関。須賀さんは高校まで15年間を白百合で育った。常に「ごきげんよう」と挨拶(あいさつ)を交わす伝統校で何を学んだのか。

(下)白百合で知った多様な生き方 異色女性官僚の高校時代 >>

白百合学園の一日は、「ごきげんよう」で始まり、「ごきげんよう」で終わる。

中学2年生の時、初めて塾に行ったのですが、クラスメートが「こんにちは」「さようなら」と先生方に気軽に声をかけているので驚きました。なんと失礼な話し方をするのかと、自宅に戻って母に話すと、そちらの方が世間の常識だと諭されました。3歳の時に白百合の幼稚園に入って、小中高とズッと東京・九段の同じ敷地内で過ごしたので、外の世界を知らなかったのです。

「ごきげんよう」は先生など目上の方にご挨拶する時の言葉です。お辞儀の深さには決まった型があります。先生方と廊下ですれ違う時は15度の角度で上体を倒して会釈をしながら、挨拶します。授業の開始前などは45度のお辞儀で挨拶します。ただ、だんだん慣れてくると、「ご……んよう」と省略したり、早口で煙に巻いたりする生徒もいます。外部から訪問者がある時は、校内放送が流れるので、そんな時はていねいに挨拶する要領のいい子もいました。私も上品な優等生だったと思われるかしれませんが、残念ながら違いました。

両親からはよく白百合幼稚園に合格できたねと言われました。父の実家が神田で、女性は近くの白百合、男性は暁星学園に通うケースが多かったのです。両校はほぼ同じエリアにありました。もう記憶はないのですが、入園面接の時、スカートをバタバタさせたり、とても落ち着きがなったそうです。2歳下の妹も白百合でしたが、こちらは完璧だったみたいです。

とにかく私は口げんかの強い子でした。その最大の被害者は妹だったようですが(笑)。おしゃべりで、奔放に育ちました。

白百合自体は校則の厳しい学校だった。「謎の校則」もあった。

「色鉛筆まで赤と決まっていて、青赤鉛筆を認めてもらうのに5年間訴え続けた」と振り返る

まず生徒手帳が分厚い。髪の結び方も細かく規定されています。髪を染めたり、パーマをかけたりは論外ですが、ポニーテールもご法度。少し髪が長いと、耳の上で2つ分けにして結ぶなど髪や服装に関しては厳格に指導されます。スカートの丈も最寄り駅で抜き打ち検査が度々ありました。学園内に入る直前にスカート丈を直す生徒もいるので、その前にただすわけです。

もちろん芸能活動も禁止です。女優の松たか子さんもご出身ですが、女優業を優先するため転校されました。

ペンケースや下敷きなど文具まで指定されていました。赤いケースと青い下敷きでしたね。鉛筆の長さや本数も決まっていて、色鉛筆はながらく赤鉛筆しか認められませんでした。青赤鉛筆は、生徒側が実に5年間訴えてやっと認めてもらいました。

当時は謎のルールだとよく反発していました。しかし、先生方は「はしたない」「美しくない」と感じられることに容赦はなかった。そのルールは必要だと本気で信じ、強く指導していた。生徒の側は、例え色鉛筆1本でも、なぜダメなのかと反論し、小さな自由を手に入れてゆく。これも子供の時には大事な教育だったのではないかと今は思います。 

礼儀や校則に厳しいだけではなく、先生方は授業に非常に熱心でした。白百合と言えば、良妻賢母を育てる、私立文系に強い女子校というイメージが当時はあったと思いますが、理系に弱いからではなく、文系に強い理由がありました。多くの本を読むことを求められるし、読書感想文も書く機会が多くありました。

数学は方程式などを覚えないとテストで点数がとれない。でも国語はあまり勉強しても意味ないかと手を抜いたら、国語の教師から「日本人なら国語は勉強しなくても大丈夫と思っているでしょう。勘違いです」と叱られ、四字熟語などの辞典を購入して毎日数ページ暗記しなさいとか、「作者の意図は何か」など読解力を上げる指導も徹底的に受けました。古文の教師もテスト用紙に単に○×をつけるだけではなく、「あなたはここに関心があるようですから、もっとここを勉強した方がいい」とわざわざ書き込んでくださいました。おかげで大学受験でも文系科目で困ることはありませんでした。

東京・千代田の白百合学園

当時の白百合は、小学校は40人学級で3クラス、中学から4クラス。中高で1学年160人規模の学校です。同級生の名前と顔はみんな分かる。受験もないので余裕を持った教育がなされていました。主要5教科の先生より、宗教や音楽の先生の存在感が大きかった。カトリック系なので、校長先生ご自身が「マ・スール」と呼ばれたシスターでしたし、ミサで合唱するケースが多かったからです。

6月の合唱祭は学園の一大イベントだった。

私はミサ曲の指揮者を任されていました。とても名誉な役割なのですが、実は楽譜は読めませんでした(笑)。ただソプラノなど各パートをうまく引き立てながら、チームを1つにまとめないといけない。大学卒業後に経済産業省に入り官僚になりましたが、ミサ曲の指揮者の経験はマネジメント力の向上に役立ったように思います。

ミサ曲は学年が上がるごとに、合唱していい曲が増える仕組みで、高校3年生になると、モーツァルトの戴冠ミサ曲「クレド」の合唱が許されます。かなり大変な曲なので高3に上がってすぐに練習を開始し、受験そっちのけで6月の本番を迎えたことを今も鮮明に覚えています。

白百合では毎朝8時15分から朝礼がスタートします。日によっては「主の祈り」も日本語以外に英語やフランス語で唱えます。意味はよく分からなかったのですが、いつの間にか暗記しました。ちなみに白百合では、小学校4年生からフランス語の授業が始まります。外国人の神父さまもよくいらしていました。

大人になり、友人が教会で結婚式をするときも、司式をするのが本物の神父さまかついつい気になってしまいました。それで私は結婚するとき、ホテルの方に無理を言ってイエズス会の高名な神父さまにわざわざお越しいただいたのです。引退前の最後の式とのことで、大幅に時間をオーバーしましたが(笑)。女子校時代は反発を感じたこともありましたが、やっぱり私も白百合育ちなのだなと実感しました。

(代慶達也)

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