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米大統領選、波乱は不可避(The Economist)

The Economist

米国では9月の第1月曜日(今年は7日)のレーバーデー(労働者の日)を境に、大統領選は終盤に入る。しかし、今年は不穏な雰囲気が漂っている。

オレゴン州ポートランドでは「ブラック・ライブズ・マター(BLM=黒人の命は大切だ)」運動が数カ月続いており、トランプ米大統領の支持者と同運動の参加者らが衝突している。ウィスコンシン州ケノーシャでは、丸腰の黒人男性が警官の発砲を受けて下半身不随になったほか、トランプ氏支持者がおそらく正当防衛のために発砲し、抗議デモ参加者2人が死亡した。トランプ氏は8月末、ケノーシャに飛び、暴動で燃えた建物の前で写真を撮らせた。

社会不安をテコに選挙戦を有利に展開する戦略のトランプ氏にとっては、不安をあおることが得点につながる。11月の本選後に起きるのは民主主義に基づく円滑なプロセスの実行ではなく、激しい対立や憲法の危機ではないかと危惧する米国民は多い。

過去にも大統領選の結果を争うケースはあった

すべては杞憂(きゆう)だろうか。米国には過去にも血塗られた選挙戦や結果を争うことになった大統領選がある。1968年には民主党予備選を戦っていたロバート・ケネディ上院議員が暗殺された。12年には再出馬したセオドア・ルーズベルト元大統領がウィスコンシン州で遊説中に撃たれた(胸ポケットの手帳が幸いし、演説を終えてから救急搬送され、命を取り留めた)。1876年の大統領選の結果を巡っては、歴史家の間でいまだに論争が絶えない。

それでも米国はこれまで南北戦争のさなかでさえ、大統領選の敗者が敗北宣言をして結果を受け入れてきた。この連綿と受け継がれてきた歴史を振り返れば、波乱を予測するにしても大げさな物言いは慎むべきだろう。だが、11月の本選で混乱が起きるリスクは高い。

民主主義国家で平和裏に政権移行を進めるには、敗者とその支持者の大半が敗北を認める必要がある。投票当日の選挙結果で勝敗が明確になれば、話は早い。敗者は悔しいだろうが、負けを認めて次の選挙に向けて始動すればいい。逆に投票結果がはっきりしない場合は、事態の収拾を図る制度が必要だ。

欧米の成熟した民主主義国で、敗者が選挙結果に異議を申し立てることはまれだが皆無ではない。イタリアでは2006年の総選挙で僅差で敗れたベルルスコーニ首相(当時)は、根拠も示さず不正がまん延していたと主張し、選挙結果に異議を唱えた。イタリア最高裁は訴えを認めず、同氏は負けを認めざるを得なかった。米国では00年の大統領選が大接戦となり、フロリダ州は再集計に持ち込まれた後、連邦最高裁がその有効性の判断を下した。いずれも、司法が結論を出したことで対立に終止符が打たれ、両国とも政権が交代した。

接戦になればさらに見苦しい事態も

今回の大統領選でトランプ氏かバイデン氏のいずれかが地滑り的勝利を収めた場合、米国民の約半数はやり場のない思いを抱えることになる。民主党支持者の多くは、トランプ氏が民主主義自体を脅かす存在だとみなしている(従って同氏が再選を果たせば、数千万人が動揺する)。対照的に共和党支持者の間では、トランプ氏は今も87%の高支持率を誇る。同氏が敗れれば、多くが民主党は不正をしたと不満を訴えるだろう。

大差なら円滑な政権移行が妨げられることはない。現時点の世論調査が示す通り、トランプ氏が8ポイントの大差で負けたら、まともには異議を申し立てられないだろう。だが、同氏はいずれにしろ負ければ疑義を呈し、社会不安がさらに増幅する恐れはある。

大敗でなく接戦になれば、もっと見苦しい事態になり得る。

米国は民主主義国には珍しく、民主党と共和党の党員に選挙管理の権限をかなり与えている。有権者名簿の更新時に誰を名簿から除外するか、投票用紙のデザインをどうするか、投票所をどこに設置するか、期日前投票を認めるか、郵便投票で何人の証人を求めるか――。これらを他の成熟した民主主義国は独立した選挙管理委員会に委ねているが、米国では民主、共和のいずれかを支持する人物に託している。接戦になれば、これら全てが訴訟に持ち込まれ、最終的には判事の前で争われることになる。米国の場合、その判事も両党のいずれかに所属する州知事や大統領に指名されている。

コロナで両党の法的戦いはさらに激化

こうした状況だけでも心配だが、今回は新型コロナ感染拡大が両党の法的な戦いをさらに激しくしている。両陣営は既に新型コロナに関連して200件以上の訴訟を起こしている。新型コロナの感染が拡大する中で進んだ両党の予備選は、ウィスコンシン州など比較的円滑に終わった州もあるが、そうでない州もあった。ニューヨーク州の民主党下院予備選では、投票から数週間たっても票集計が終わっていなかった。11月の本選では、両党の勢力が拮抗するミシガン州などが、初めて郵便投票を大々的に実施する。

両候補の争いが接戦となり投票日当日の集計が遅れた場合、トランプ氏が重要州を複数、制したようにみえる可能性は高い。そうなれば同氏は選挙結果が確定する前に勝利を宣言するかもしれない。実際に18年の中間選挙では、フロリダ州で再集計が決まったにもかかわらず共和党候補の勝利を宣言すべきだと訴えた。

一方、郵便投票の集計が進み、バイデン氏有利となれば、両候補が勝利宣言する異常事態になりかねない。複数の州で選挙人を巡り投票結果が裁判所で争われる可能性もある。そうなれば間違いなく抗議デモが起き、武器を携帯して参加する者も出てくるだろう。

その場合、トランプ氏は米連邦軍である州兵の投入の可能性を今夏ほのめかしたように連邦軍の派遣を求めるかもしれない。ポートランドで起きたような暴動の鎮圧のために連邦政府の治安維持部隊を民主党支持の州に投入する事態も考えられる。

米国と世界にとって大きな意味持つ今年の大統領選

20年も昔の00年の大統領選がいかに大変な事態であったかは忘れられがちだ。だが当時の米国は自信に満ちあふれていた。9.11テロはまだ起きておらず、中国もまだ台頭していなかった。SNS(交流サイト)上で選挙戦が展開されることもなかった。今の基準なら当時の大統領の座を争った候補者はいずれも穏健な中道派だったといえる。

今年、フロリダ州での再集計と似た事態が複数の州で起きたとしよう。現在、米国の新型コロナによる死者数は20万人近くに上り、現職大統領は正統性に欠けるとんでもない人物だとの見方が有権者の間で広がっている。その一方で確たる証拠もないのに、大規模な不正が起きない限り、現職が再選を果たすと信じて疑わない人も多数に上る。

トランプ氏が16年と同様、得票数で負けても選挙人獲得数で勝った場合、民主党支持者の4割近くは選挙のやり直しを求めるだろう。だが、やり直すべきではない。逆に共和党支持者の3割近くは、トランプ氏が本選で負けて大規模な不正疑惑が浮上したら、同氏は退陣を拒否すべきだと考えている。現にトランプ氏は郵便投票で不正が横行すると主張しているが、退陣を拒否するのは正しいことではない。

米国と世界各国にとって、今年の米大統領選の意味は大きい。政府関係者は忠義を尽くすべきは支持政党ではなく合衆国憲法だということを肝に銘じ、投票とその後の展開が円滑に進むように全力を尽くすべきだ。地滑り的勝利でも油断はできない。接戦の場合、敗北した側がその支持者を含め、その結果を受け入れるのは難しいかもしれない。だがそれを実現できなければ、民主主義は危機に陥ることになる。

(c)2020 The Economist Newspaper Limited. September 5, 2020 All rights reserved.

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