レッドブル、タイで不買運動 ひき逃げ「無罪」に批判

タイでエナジードリンク「レッドブル」の不買運動が広がっている。きっかけは2012年に起きた同製品を製造販売するTCファーマシューティカル・インダストリーズ(TCP)の御曹司が容疑者とされているひき逃げ死亡事件だ。7月に入り、新たな目撃証言などから検察が同氏を訴追しない方針を明らかにした。世論の猛反発で、一転して事件の再捜査と新たな逮捕状の発行が決まったものの、格差社会タイで蓄積された特権階級への憤りがボイコットを加速させている。
「世界のみなさん、どうかタイのレッドブルの不買に手を貸してください」。SNS(交流サイト)では「ボイコット・レッドブル」のハッシュタグとともに、こんな呼びかけが広まった。

レッドブルはタイを発祥とするエナジードリンクだ。タイ北部の貧しい家に生まれたチャリアウ・ユーウィタヤ氏が立ち上げたTCPの栄養飲料「クラティンデーン(タイ語でレッドブル)」はオーストリアの実業家との合弁を通じ、世界中で売られるようになった。TCP創業家のチャルーム氏は米フォーブス誌の長者番付でタイ2位の富豪だ。タイから世界に羽ばたいたレッドブルはタイ人の誇りだった。
ただ、12年に起きたひき逃げ事件で風向きは変わった。「ボス」のニックネームで知られる創業者の孫、ウォラユット氏が高級車フェラーリで警察官をひき、死亡させた疑いが高まったためだ。フェラーリは時速170キロメートルで走っていたとされ、ウォラユット氏からはアルコールのほか、コカインが検出された。

ウォラユット氏は使用人を身代わりに出頭させたが、偽装が発覚。一度は身柄を拘束されたが、保釈されるとその後の出廷を拒み、自家用機で国外に逃亡した。英国などでの豪勢な生活やF-1レース観戦などがたびたび報じられ、市民は怒りを募らせてきた。

長らく進展のなかった同事件だが、足元で事態は急展開した。新たな目撃者が「車は時速70キロメートル程度だった」「警察官の乗ったバイクが急に車線変更した」と証言。これを受け、捜査当局が7月下旬にウォラユット氏を訴追しない方針を公式に認めたためだ。
世論は猛反発した。タイの調査機関スーパーポールが実施した世論調査によると、タイ国民の91%が同事件について「タイの司法を信頼できない」、82%が「国際社会に恥をさらした」と答えた。TCPが政府に巨額の寄付をしているとの情報が広まり、国民の怒りに火を注いだ。

TCPは対応に追われる。7月25日には「ウォラユットは弊社の経営に関わっていない」と異例のコメントを発表し収拾をはかったが、世論の反発は収まらない。
7月30日には不起訴の決め手となった目撃者の男性がバイクの事故で急死した。世論の反発を受けてタイのプラユット首相は8月6日の講演で「この事件で司法や国家への信頼を失ってほしくない」と発言。検察は捜査の打ち切りを見直し、もう一度捜査する方針に転じた。同25日には「新たに逮捕状の発行が認められた」とする捜査当局のコメントを地元紙が報道している。
タイは格差社会だ。クレディ・スイスの19年の推計によると、タイは上位1%の富裕層が持つ富が全体の約50%を占め、対象40カ国中でロシアに次いで割合が大きかった。足元では若者を中心に既得権益層への反発が高まり、反政府運動も活発化している。タイで長くはびこってきた「法の下の不平等」は解消できるのか。国際社会の関心は高まっている。
(バンコク=岸本まりみ)
