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安藤忠雄氏「日本の停滞は、インテリが闘わないから」

安藤忠雄(あんどう・ただお)氏 安藤忠雄建築研究所代表。1941年生まれ。69年に安藤忠雄建築研究所を設立。79年に「住吉の長屋」で日本建築学会賞作品賞、95年には建築界のノーベル賞といわれるプリツカー賞を受賞。97年から2003年まで東京大学大学院教授を務める。05年、同大学特別栄誉教授。米国のエール大学やハーバード大学でも客員教授を務める。(写真:太田 未来子)
日経ビジネス電子版

数々の斬新な建物を設計し、世界を驚かせてきた建築家の安藤忠雄氏。戦後復興を経験し、がむしゃらに生きてきた経営者とも数多く交流してきた。安藤氏は、1990年代のバブル経済崩壊以降、さまよい続ける日本の在り方に警鐘を鳴らす。「仕事とは、生きることとは、"闘い"。その闘いにおいては、私はずっと『暴走族』でありたい」と語る安藤氏が、意気消沈する日本を叱る。

――新型コロナウイルス感染症が世界でまん延し、先行きの見通しが難しくなっています。景気後退の不安も大きい中、建築を通じて世界各国を見てこられた安藤さんは、この危機をどのように乗り越えるべきだと考えておられますか。

「確かに厳しい状況ですが、ただパンデミックを怖がり、コロナ禍に萎縮して『先が見えない』と下を向いているだけでは何も前に進みません。『逆境』は乗り越えて行くしかないんです。大切なのはそれをいかに克服するかという戦略と目標、そして覚悟ですよね。自分で決めた目標に向かい、突っ走っていく覚悟です」

「『あれがない、これがない』とハンディキャップを言い訳にしていたら、行動は起こせませんよ。『ない』ならば『ない』なりに、やっていく方法を考えたらいいんです」

「私は2009年と14年の2回、ガンの手術をしていて、胆のう・胆管から十二指腸、膵臓(すいぞう)に脾臓(ひぞう)と5つの臓器を全摘出しています。膵臓がないから、毎日自分でインスリンを打って血糖コントロールをしなければならない。食事にも細心の注意が要ります。病院からは『もうこれまで通りにはいかないですよ』とくぎを刺されましたが、今も元気ですよ」

「『なんでそんなに元気なのか』とよく聞かれますが、そんなに特殊なことをしているわけじゃない。しっかりと昼休みを取るなど仕事のペースを落としつつ、体力をつけるために1日1万歩の運動はどんなことがあっても絶対に欠かさない。『内臓がないのもまた個性』と割り切り、やるべきことを果たしていけば生きてはいけるんです。そうして、今も仕事を続けている」

仕事、生きることは、"闘い"

「仕事とは、生きることとは、"闘い"ですよ。生命力が弱くては闘えませんから。体力、健康を保つことはとても重要なことなんです。その"闘い"においては、私はずっと『暴走族』でありたいと思っているんですよ。自分で『こうするんだ』と決めたら、そこに向かって突っ走る暴走族。多少の障害物があっても強引に突き進みますから、嫌われますよ。仕事で10人の関係者がいたら7人くらいは私のことを疎ましく思っているんじゃないかな。それでも暴走します。言いたいことは言って、やりたいことをやらせてもらいます。いつかクラッシュするでしょうが、そのときはそのときです」

「半世紀前の日本の経営者は皆そんな雰囲気だったと思いますよ。目標、夢に向かって止まれば倒れる二輪車のように、走り続けることで会社を育て、社会をけん引し、国を支えた。ホンダの本田宗一郎さん、ソニーの盛田昭夫さん、サントリーの佐治敬三さん。名経営者といわれる方を何人か知っていますが、皆さん、年を重ねても夢に目を輝かせて、人生を走っていましたよね」

「戦後日本の経済復興の原動力とは、結局あの世代の人間力だったんですよ。逆境でも、目標・夢に向かって走っていれば元気になるんです。時代の先が見えなくとも、自分なりの夢や希望は持てるでしょう。そうしておのおのが人生に『誇り』を持っていれば、日本再興も不可能ではないはずですよ」

――私たち日本に暮らす人間は、安藤さんの目から見て弱くなっているように映りますか。

「日本人は闘わなくなりましたよね。主張しなくなった。1969年の東大紛争が最後かもしれない。昔はね、知識層が闘ったんですよ。私は仕事を始める前、20代の最後に世界を旅してまわったのですが、そこで東大紛争の原点ともいうべき、68年のパリ5月革命にも遭遇しているんです。異様な緊張感に包まれた街で、闘っているのはインテリゲンチアの学生だった。フランス語でまくしたてる主義主張は分からなかったけれども、徹底的にあらがうんだという意志・感情がはっきりと伝わってきて、心を動かされました」

「今の日本はどうでしょうか。70年代以降、経済的発展を遂げていく中で、日本のインテリからは闘いの姿勢が失われたように見えます。既に完成され、成熟した社会を引き継いだ世代はあえて闘おうとはしない。闘いに敗れて今あるものを失うことが怖いから。『いかに間違えないか』という減点法が物事の評価軸になっているんですね。だから根幹のシステムが壊れるような危機にひんすると思考停止に陥ってしまう」

「今回のコロナ禍だけではありません、地球温暖化やそれに伴う災害、エネルギー資源の枯渇と人口増加など、現代世界の抱える地球の問題についても同じです。『このままでは世界が破綻してしまう』『変わらなければならない』というときに、減点法型思考は何の役にも立たないでしょう。原点まで立ち返って考え抜かれたビジョンと、それを実現する強力なリーダーシップ、利害を超えた各国間の協働が今こそ必要なのですが、現状は、米中の大国が自国第一主義に走り、その周りで日本は右往左往している状態です」

「でも地球は1つなんですよね。そのことを私は若い頃、自分の足でヨーロッパ、アフリカ、アメリカと旅して歩いたときに実感し、その感覚が世界で仕事をする今日につながっている。『地球は1つ』というこの当たり前の真理を、世界中の人が共有できれば、難しい問題にも光が見えてくるのでしょう。そのためには、やはり『教育』が大切ですね」

「過ぎた便利さはハンディキャップ」

(写真:太田 未来子)

――日本が再興するための活力を取り戻すには、世の中が便利になり過ぎているのかもしれません。

「その通りですね。豊かさと便利さとは、異なるものなのですが、それを今は混同していますよね。過ぎた便利さは、感性を鈍らせ、創造力を育てませんから。先人が築いてくれた便利な社会は、実は今日を生きる若者にとってはハンディキャップなのかもしれない。そして便利さのために管理され過ぎている分、問題を起こしにくい仕組みが出来上がってしまっている。失敗への許容度が低くなった社会では、挑戦心や冒険心は育たないし、創造も生まれないでしょう」

「私は建築の専門的な教育を受けていません。建築家を志した理由は、あえて言うならば、10代の頃、自宅の長屋の改造を行う大工の仕事ぶりを間近で見たことでした。見慣れた住まいの様子が刻々と変わっていく面白さ。一心不乱に働く大工の姿を美しいと思いました。このときが建築を意識した最初だったと思います。そして10代の終わりに『この道で行こう』と決めたとき、学力も家庭の経済力も足らず、大学には行けなかったわけですが『ならば自分で働きながら自分で学んだらいい』と走り出したわけです」

「何をどう学ぶか、そこから自分で考えて、試行錯誤の連続でした。学校と違って卒業がないから、ここまでやったらいいという終わりもない。しんどく思うこともありましたが、でもそのおかげで、何でも自分の目で見て自分の頭で考える力が身についたように思う。ハンディキャップから人間の個性が生まれるという部分は、絶対にあると思うんですよね」

――「学ぶ」経験をする機会が今の日本では少なくなっているのですね。

「私は大阪を拠点としているので、ノーベル賞を受賞された京都大学の本庶佑先生や山中伸弥先生とお話しする機会がよくあります。お二人とも『日本は今後、ノーベル賞の受賞者が少なくなる』と危惧しています。日本全体が経済効率性ばかりに目を奪われて、文化の発展に力を割こうとしていないからです。コロナ禍でも、文化を守ろうという動きは少なかった。闇雲にお金を出せというわけではありませんが、あまりにもおろそかにしていませんか?」

大阪市の協力のもと、安藤忠雄氏が企画、設計・建設まで関わった大阪・中之島の「こども本の森 中之島」(写真:小川重雄)

「文化を育てるには相応の時間と労力が必要ですよ。すぐに成果が出るとは限らない。だからこそ、次の世代が勉強できる環境を私たち大人が用意してあげなければなりません。7月、大阪・中之島にオープンした『こども本の森 中之島』は、まさにそうした思いを込めてつくった児童図書施設です。大阪市の協力のもと私が企画、設計・建設まで責任を持ち、市が用意してくれた川沿いの土地に私が建物を寄贈する形で実現したものですが、最も重要な蔵書の準備、完成後の運営資金は、市民からの寄付を原資としています」

「前に進むこと」とは、すなわち「問題を起こすこと」

「『大阪人はケチや』とよくいわれますが、『未来を担う子どもたちのためだ』と話せばちゃんと応えてくれるんですよ。持っている人には『お金はお墓まで持っていけませんよ』と脅し文句をつけたりして(笑)。大阪には、民の力で街をつくり育てていこうという公共精神が遺伝子として根強くあるんです」

「歴史的な建物の立つ中之島を歩くとそれが分かる。例えば日本近代建築の開祖、辰野金吾が設計に関わった中央公会堂は、実業家の岩本栄之助が私財をなげうってつくったものだし、東洋陶磁美術館は住友グループが寄贈したコレクションが基になっています。2004年に全国的に有名な造幣局の『桜の通り抜け』を拡張しよう、と桜の植樹運動を始めたときには、1年余りで目標金額の8割の寄付金が集まりました。大阪にはこうした誇るべき風土があるんです」

「文化の力は重要です。コロナ禍が世界的にまん延した今日は、国際協調には程遠い、自国中心主義がはびこって、世界の在り方が変わりつつあるように見えます。ただ、力に頼る国のやり方が正しいわけではありません。ダーウィンの進化論ではありませんが、最も環境の変化にうまく適応した者が生き残っていくのです。そのために必要なのが、進むべき道を考えるために学び続ける姿勢であり、その力を育む文化なのです」

「これから日本は、地球人の一員として温暖化や自然災害に立ち向かい、少子高齢化・人口減少といった難問と闘っていかなければなりません。解決のために何かを変えようとすれば、必ず摩擦は起きるでしょうね。しかし、『前に進むこと』とは、すなわち『問題を起こすこと』なんです。頑張って走るほどに苦労はあるでしょうが、人間はそう簡単には死にませんよ。臓器が空っぽでも元気に生きている私が言うのだから、説得力あるでしょう(笑)」

「『こども本の森 中之島』の川を望むテラスには大きな青いリンゴのオブジェを設置しています。『リンゴも人間もずっと未熟な青いままがいい』という青春の心のシンボルです。大人だって目標を掲げて進む限りは、何歳であっても青春を生きることができる。人生100年時代というくらいですから、年齢は問題ではないでしょう。青春は若者の特権ではないんです。だから、パンデミックを前に意気消沈する必要なんてない。そう私は感じています」

(日経ビジネス 江村英哲)

[日経ビジネス電子版 2020年9月3日の記事を再構成]

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