多能の映画作家、安藤紘平の回顧展

文化往来
2020/9/10 2:00
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映画作家、安藤紘平の仕事を回顧する「通り過ぎる電車のように 安藤紘平」展が22日まで前橋文学館で開かれている。実験映画作家として数多い国際映画祭での受賞歴をもつとともに、CMや音楽ビデオも手がけ、ハイビジョン作品の先駆者でもある。さらに演劇実験室・天井桟敷の制作者、TBSの技術者、早稲田大学の教育者など多彩な顔をもつ表現者の全貌に迫る。

安藤紘平「通り過ぎる電車のように2(ローマ数字)」(1979年)

安藤紘平「通り過ぎる電車のように2(ローマ数字)」(1979年)

安藤は早大在学中に寺山修司が主宰する天井桟敷に参加。フランス留学で得た語学力と交渉力を生かし、同劇団の初期の海外公演を制作者として成功に導く。初公演となった1969年のドイツ公演後に、パリで寺山と折半で中古16ミリカメラを購入、映画を撮り始める。「オー・マイ・マザー」(69年)がオーバーハウゼン国際短編映画祭に入選。「息子たち」(73年)はトノンレバン国際映画祭グランプリに輝いた。

寺山が「自分の内側に在るものを外在化して、ひとつの物語を組み立てる。人間に対する関心の強い作家」と評した安藤の資質を端的に示すのが「通り過ぎる電車のように2(ローマ数字)」(79年)。自宅の前を走る電車を固定カメラで1年を通して撮影したフィルムをつなげた。ごうごうと走り続ける電車の傍らで、庭の木々の落葉や開花、線路際に立つ子供の成長をとらえ、時の移ろいを鮮やかに見せる。走り去る電車と時の流れというモチーフはハイビジョン作品「アインシュタインは黄昏の向こうからやってくる」(94年、ハワイ国際映画祭銀賞)にも息づく。

実験映画、ハイビジョン作品を鑑賞できるほか、CMや音楽ビデオ、シナリオ、機材、天井桟敷公演時の写真やポスターなど安藤の足跡を示す資料を展示。審査員として参加した国際映画祭などでのスナップは世界の映画人との幅広い交遊を物語る。多能の人の素顔が垣間見える。

(古賀重樹)

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