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究極のサッカー小僧、ウッチーの魂を引き継ごう

8月23日のG大阪戦後に開かれた引退セレモニーで、あいさつする鹿島・内田=共同

Jリーグ鹿島の内田篤人が8月23日のG大阪戦を最後に引退した。自分に厳しい人間が、最後までその姿勢を貫いた。彼らしいカッコいい終わり方だと思う。

学年は1つ下だが、ずっと僕は内田に嫉妬のようなものを感じていた。あのルックスもそうだし、鹿島で多くのタイトルを獲得し、ドイツのシャルケで欧州チャンピオンズリーグの4強に進出した実績も申し分ない。

「鹿島の選手か」

最初の印象はそれだった。強い鹿島が僕は嫌いだった。僕がまだベンチ入りもままならないころ、内田は鹿島のレギュラーで活躍していた。

2008年北京五輪以降は日本代表でチームメートになった。10年のワールドカップ(W杯)南アフリカ大会では二人して大会直前にレギュラー落ち。オフの時間、大会中はどちらかの部屋でゲームをして過ごした。内田がどう思っていたかは知らないが、言葉にせずとも分かり合える空気感が居心地よかった。

その後、シャルケへ移籍して新たな自信を身に着けた内田は「鹿島の内田」から、内田篤人という一人のサッカー選手になったように思う。

代表では右サイドの縦関係でコンビを組むことが多かった。海外のトップ選手とプレーする内田の存在は、僕にプレッシャーを与えた。内田が日々体感しているものと同レベルのプレーをしなくちゃいけないと必死だった。

ケガでプレーできないまま鹿島に居続ける自分を内田は許せなかったはず。彼自身がそういう口だけの人間を一番嫌っているから。その身の処し方に、スパッと引き際を決める欧州のトップ選手たちの姿も重なる。「世界」を向こうに回して戦うのは、それだけ選手生命を日々削り続けることなんだと改めて思う。

昔から「サッカーなんて好きじゃない」と言っていた男が実は究極のサッカー小僧だった。選手としての責任から逃げずに、最初から最後まで内田篤人という生き方を貫いた。これからの人生、好きなことをやってほしいと思うけれど「そうは言っても、ウッチーにはサッカーしかないやん」とも思っているので、できればサッカー界で仕事をしてほしい。

内田の引退を「残念」とか「寂しい」という言葉で終わらせたくない。彼のキャリアは、日本のサッカー界に影響を与えるべきものだし、その魂は引き継がれて当然のものだと思う。

さて、9月12日にスペイン1部リーグが開幕する。新しいステージでの僕のキャリアがスタートするわけだが、昨季ともに2部で戦ったウエスカの仲間と挑戦できるのは心強い。ただ、スペインでやりたいのは成長することじゃない。岡崎という選手を証明することだ。それだけの強い覚悟がある。

(ウエスカ所属)

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