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「非主流」人材が挑む三菱商事のDX、「勝つまでやる」

(更新)
三菱商事デジタル戦略部の田代浩司(左)はデジタル地図の先進企業、HEREテクノロジーズへの出資交渉をまとめ上げた(右は増池乾人)
日経ビジネス電子版

2019年6月、三菱商事デジタル戦略部の増池乾人は、インドネシアにいた。同部の上司、田代浩司部長代行に「HEREがものになるか、見極めてこい」と命じられたからだ。

HERE(ヒア)テクノロジーズ(オランダ)は、欧米のカーナビゲーションシステム用の地図で8割のシェアを持つ「デジタル地図」の大手だ。今後の自動車産業のカギを握る自動運転に不可欠な存在として、2015年にドイツの自動車3社(ダイムラー、BMW、アウディ)がフィンランドの通信機器大手ノキアから買収。田代は交渉責任者として、独3社とHEREへの出資に向けた折衝中だった。

HEREって何?

HEREの位置情報サービスを活用したアプリを数千万円かけて作成した

増池の使命は、資本提携後にスムーズに事業を進めるため、HEREのポテンシャルを社内外のパートナーに理解してもらうこと。2カ月かけてインドネシアを回ったが、同じくデジタル地図の双璧として知られる米グーグルに比べて圧倒的に知名度が低く、「HEREって何?という状態だった」。

そこで増池は、HEREの位置情報サービスを活用したアプリケーションを数千万円かけて作成。グーグルマップと比較することにした。

B2B(事業者向け)のHEREは、道路情報の網羅性、地点情報の正確性に強みがある。2台の自動車で地点間の到達時間を計測したり、両者で食い違う拠点情報を自ら確かめたりして、HEREの長所をまとめたリポートを作成。インドネシアだけでなく、東京本社にもHEREの理解が広がり、19年12月、三菱商事はNTTと共同でHEREに出資することを決めた。

HEREはデジタル地図情報の基盤に加え、企業が位置情報を活用しやすいようなアプリの開発環境を整えて提供している。米物流大手のフェデックスは最適な物流網を構築するのに活用する。三菱商事は、この情報基盤を資産として取得すると同時に、HEREが得意な自動車分野以外にもアプリを広げていく戦略を掲げている。

三菱商事は2019年12月、NTTと共同でHEREに出資すると発表した

田代は「今回の資本提携が、自分にとって三菱商事のデジタル化を推し進めるラストチャンス」と語る。入社以来、「サブストリーム(非主流)」といわれてきたIT(情報技術)部門一筋。揺れる三菱商事のIT戦略のもと奮闘してきた。今こそ総合商社の産業に関するリアルな知見とデジタルを掛け合わせる好機だとみている。

「神学論争」で揺れるIT戦略

田代の会社員人生は、三菱商事のIT戦略の変遷と重なっている。

1994年、「父も商社マンで面白そうだった」と入社した田代は、機械や穀物など世界を股にかけて商品を売り込む「ザ・商社」の部署を希望したが、「職能情報化推進部」に配属された。いわゆるIT担当部署で、コーディング、データ分析、サーバーの立ち上げなどの基本をみっちり教え込まれた。

機械グループから独立した80年代の三菱商事の情報産業は、インターネットの急速な発展に乗り切れていなかった。田代が入社した頃は、ソフトウエア重視に路線転換し、IT部門として利益規模を大きくしようという挑戦の時期だった。

田代は96年に子会社のMCソフトウェアに出向、2001年には三菱商事のIT系グループ会社5社を統合して生まれたアイ・ティ・フロンティアに加わった。規模を拡大し、総合ITサービス企業を目指すための統合だった。子会社を渡り歩いてITに取り組む姿は三菱商事では異質だった。

02年、田代は中国・上海に駐在し、ベンチャー投資やシステムインテグレーション(SI)事業の拡大に取り組むことになった。中国の著しい成長を取り込むことでIT部門の収益をさらに大きくする狙いで、田代は03年、SIを手掛ける新会社を立ち上げた。

順調に事業は進んだが、富士通NTTデータなど超大手がひしめく領域だけに、オーガニック(自然)な成長だけでは厳しかった。そこで中国地場の企業を買収したいと東京本社に打診したが、「中国で何千人もの従業員を抱えるのは時期尚早」と反応は鈍かった。

同じ頃、三菱商事内では、「神学論争」が起きていた。機械や食糧などと同じようにITも産業別の部門として存在していたが、IT部門の役割は利益貢献にとどまらず、ほかの部門に機能を提供して収益を高める「コーポーレート(間接)部門」的な役割も必要なのではないか、という議論だ。

発想自体は間違いではないものの、この「機能」と「収益」のバランスが定まらなかった。IT部門として中国で本格的に稼ごうという田代のM&A(合併・買収)戦略は結局、実現しなかった。

09年に東京に戻ると、金融や物流など様々な分野に「機能」としてITを取り入れ、新たなビジネスをつくるというミッションが与えられた。電力小売り、ヘルスケア、インドネシアなど新興国開拓──。現在にもつながる事業のタネは仕込めたが、16年にIT部門の組織再編が起こり、田代は「自動車事業本部」へ配置換えに。部下はゼロになり、「さすがにしんどかった」と振り返る。

14年にはアイ・ティ・フロンティアが、インド・タタグループの過半出資を受け入れ、三菱商事の完全子会社からグループ会社となった。IT企業はもちろん、住友商事グループのSCSKや、伊藤忠テクノソリューションズなど他商社と比べても三菱商事のIT部門の存在感は薄れていった。

そんな田代に転機が訪れたのは、19年に新設された「デジタル戦略部」への配属だった。17年以降、IT戦略の抜本的な見直しが進み、垣内威彦社長が「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の必要性を強調したためだ。

田代は、神学論争にもまれているうちにある考えを持つようになった。「今更、SIなどで大手IT企業と戦うなど現実的ではない。三菱商事が持つ各産業分野の現場の知見にデジタルを掛け合わせれば、勝機はある」。利益貢献か機能提供という二元論ではなく、そもそもデジタルがすべてのビジネスの土台になるという考え方だった。

そろいつつあるデジタルネーティブ

それは、三菱商事が19年12月、HEREへの出資と同時にNTTと発表した戦略「産業DX」と重なる。HEREとの資本提携を通じて目指す事業は、産業DXの先行例という位置づけだ。

例えば物流事業。主要道路を用いた幹線輸送におけるトラックの隊列走行、荷物が集まる物流拠点での自動オペレーション技術、拠点から届け先への効率的なルートの検出を組み合わせて、物流の最適化を狙う。年内にも、大手物流企業と実証実験を始める予定だ。

さらに、大手物流企業同士で倉庫やトラックなど資産を共有することによる業界コストの削減ができないかと構想を練る。デジタル地図基盤を生かして人や物の動きを可視化し、「鉄道の相互直通運転」のように、各物流会社の共同配送を最適化できないかという発想だ。

地図基盤を各産業の課題解決につなげることができれば、HEREは「地図屋」から「ロケーションプラットフォーマー」へ完全に脱皮する。それには食糧、機械、物流、エネルギー、小売り、卸など三菱商事の幅広い産業への知見が役立つと田代は考えている。

三菱商事にはデジタルに詳しい人材がそろいつつある

田代がインドネシアに送り込んだ増池は、早稲田大学大学院で応用数理を専攻した人材だ。ITサービス部に配属され、基礎スキルを身に付けた経緯は田代とも重なる。三菱商事で増えつつある「デジタル人材」の1人だ。

田代は「デジタルで際立った人材は、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)などトップクラスのIT企業に行く。あえて総合商社に来る人間は、リアルワールドで何かをなし遂げたい人間だ。産業の現場で、泥臭く知見を蓄えてこそ、商社の価値がある」と、後輩を現場に送り込む。

今、バズワード(流行語)になりつつあるDXだが、田代に残された会社員人生は長くない。「次世代のために、柱になるデジタル事業を育てて、後輩に受け継ぎたい」と語る。「勝つまでやる」と歯を食いしばってきた「非主流」の田代らは、三菱商事にDXを根付かせることができるのか。まずはHEREとの新ビジネスがカギを握る。(敬称略)

(日経ビジネス 鷲尾龍一)

[日経ビジネス電子版 2020年8月31日の記事を再構成]

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