永瀬王座vs.久保九段 将棋王座戦五番勝負が3日開幕
永瀬拓矢王座(27、叡王)に久保利明九段(45)が挑む第68期将棋王座戦(日本経済新聞社主催)の五番勝負が3日に開幕する。初防衛か、振り飛車党のタイトル獲得か。藤井聡太二冠(18、王位・棋聖)誕生で新時代に入った将棋界。その勢力図を今シリーズの結果は変えるかもしれない。
永瀬拓矢王座 1年間の勉強を形に
緊急事態宣言明けに藤井さん(聡太二冠)に痛い目にあった(6月の棋聖戦・王位戦の挑戦者決定戦で連敗)わけですけど、そこから考えると現在は立て直せたというか、勝負する形にできているのではないかなと思っています。

現実を受け入れるのに時間はかかりましたが、藤井さんという最強の相手と指すことで、自分の足りない部分がより明確に見える形になった。得難い経験ができたというか、自分の中では大きな分岐になったかなと。個人的に、最近、藤井さんと終盤いい勝負をした棋士は記憶にない。ここが全棋士のテーマになってくると思います。
(防衛戦を戦っている)叡王戦など最近の自分はまた千日手・持将棋が増えていますが、今までが少なすぎたというのが実感です。互いの力が拮抗していれば、引き分けが自然だと思っているので。
挑戦者の久保九段は子供の頃から存じ上げている先生で、常に第一線、トップで活躍されている振り飛車党の代表格という印象。百戦錬磨の先生というイメージです。
現在は、美濃や穴熊以外の玉型の、左右でバランスをとる新しい振り飛車も出てきています。自分が指していた時の振り飛車と全く違うので、見ていて面白そうだなと。新しいバランス型と、固い玉の本来の振り飛車、この2つを久保先生は指しこなせる。
五番勝負では、1年間精いっぱい勉強してきたことをうまく形にして、まずはいい勝負ができるように。内容としては皆様に元気になってもらえるような将棋を指したい。
久保利明九段 振り飛車の強み示す
本戦トーナメントで印象に残っているのは準決勝の大橋貴洸六段戦。研究会をしていたことはあったが、公式戦は初手合い。自分で将棋をつくっていく若手で、楽しみにしていました。対局前に大橋さんの本「耀龍(ようりゅう)四間飛車」を買って読んで、すごく参考になった。振り飛車の玉は必ずしも8二じゃなくてもいいんだと、改めて学ばせてもらった。

渡辺明三冠との決定戦では自分でも採用しましたが、可能性のある戦型だなと。(作戦の)幅が広がったと思います。渡辺さんには最近あまり勝てていなかったので、自分が渡辺さんに勝った将棋だけを並べて対局に臨みました。
4月ぐらいにツイッターを始めてから、調子がすごく良い。ファンの声援というのがすごく大きくて、それが力になっているのは間違いない。
振り飛車に厳しい評価をつけるソフトが多いが、マイナスから始まっても、徐々に追いつける。そこからが振り飛車の強み。そんなに点数は気にしていない。
永瀬王座は負けづらいというか、少しずつプラスを積んでいく将棋で、すごく強敵。元振り飛車党で、振り飛車の弱点もよくわかっている。ただ、経験値でいえば自分の方が圧倒的に多いと思うので、そこで勝負できたらいい。
五番勝負は連敗するとあっという間。スタートダッシュを意識しながら準備したい。和服も2着新調しました。振り飛車党のタイトル戦というのは久しぶりですけど、アマチュアの振り飛車ファンも多い。振り飛車でも戦えるというのを証明できたらいい。

展望を聞く 永瀬、負けない将棋に磨き 久保、新しい指し方で充実
五番勝負の展望を、北浜健介八段(44)と佐々木勇気七段(26)に聞いた。
――久保が挑戦者に名乗りを上げました。

北浜 王座戦に限らず、このところ将棋の内容が充実している。先後問わず、よく指しているのが四間飛車。特に最近は美濃囲いでなく、後手番なら7二玉や8一玉で戦う新しい指し方で勝っている。大橋貴洸六段の著書「耀龍(ようりゅう)四間飛車」の影響に加え、対局自粛期間中に、独自の研究や研究会での実戦で手ごたえを感じたのだろう。挑戦者決定戦でも成功していた。
佐々木 その大橋を相手にした準決勝が印象深い。中盤までは若手の勢いに押されているように見えたが、終盤になって自陣に駒を投資し局面のバランスを保った。最後はきれいな一手勝ちで、振り飛車らしい勝ち方だった。体力、精神力ともに強い方で、年齢を感じさせない。
――最近の永瀬の調子をどうみますか。
北浜 6、7月と叡王戦を中心に過密日程になったが、どの将棋も高いレベルで内容が安定しているのが驚きだ。叡王戦第4局では豊島将之竜王ですら根負けするほどの粘り強さを発揮したが、どんな長手数、長時間の将棋でも崩れることなく、負けない戦い方をよく知っている。
佐々木 AI(人工知能)が進歩した現代でも研究会を多くこなすなど足で稼ぐタイプなので、過密スケジュールはつらいのかなと思っていたが、千日手や持将棋を含め永瀬らしい将棋は指せている。
――戦型予想は。
佐々木 過去に両者で相振り飛車を指したことがあるが、登場する可能性はゼロに近い。居飛車対振り飛車の対抗形になるのは間違いない。
北浜 久保は四間飛車中心になるだろうが、注目しているのは玉の位置。全く新しい陣形が登場する可能性もあり、序盤から目が離せない。
――叡王戦では2つの持将棋が話題になりました。
北浜 対抗形では互いに入玉が難しく持将棋の可能性は低いが、千日手は序中盤問わず、大いにありうる。

佐々木 後手は序盤から千日手に持ち込みやすい戦型を選ぶし、永瀬は終盤でも千日手の筋が見えたら選ぶ。2回くらい千日手になるのでは。
――勝負のポイントは。
北浜 永瀬が対抗形で急戦調を選んだことはほとんどなく、持久戦中心だろう。久保には「さばきのアーティスト」の異名があるが、裏腹に押したり引いたりの粘りもすごい。チェスクロックに変わってから持ち時間は1時間くらい短くなった感じだが、両者とも秒読みでも正確に指せる。終盤のねじり合いが長く続き、長手数になりそうだ。
佐々木 終盤、久保が際どい場面でも踏み込むタイプなのに対し、永瀬は「負けない」手を選ぶ。ポイントは両者の読み筋がかみ合うか。柔らかい手が多い久保の指し手は永瀬には予想しづらく、久保にも永瀬独特の受けの棋風をくみ取るのは容易でない。その分、エネルギーを無駄に消費し、ミスが出やすくなる。
――勝敗予想は。
北浜 一方的なスコアになるとは思えない。叡王戦の激闘のさなかに永瀬がどれだけ振り飛車対策を練れるか。振り飛車党にタイトルを、という願望を込めて3勝2敗で久保奪取と予想する。
佐々木 両者とも大変に粘り強いが、特に永瀬は長手数をいとわず、夜戦になってからもバナナでエネルギーを補給しながら力を発揮する。3勝1敗で防衛とみている。=文中敬称略

