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手に汗握る野球のヤマ場 数値で分かる「緊迫度」

野球データアナリスト 岡田友輔

九回、満塁から逆転サヨナラ2点打を打たれた日本ハム・堀。土壇場では一球が明暗を分ける(27日)=共同

1点差の九回2死満塁では一つのストライク、一つのアウトが明暗を分ける。手に汗握り、しびれ、固唾をのんで見守るヤマ場は野球観戦の醍醐味だ。では、一発出れば逆転サヨナラという3点差の九回2死満塁と、勝利投手の権利が懸かる1点差の五回2死満塁ではどちらのアウトがどれだけ重いのか。「緊迫度」を数値で測る手法を紹介しよう。

勝利確率、長い目でみれば一定の数値に

ベースになるのは「勝利確率」である。特定の点差、イニング、アウトカウント、走者状況が与えられたとき、チームが勝つ確率を統計的に算出したものだ。プロ野球ではシーズンによって多少の変化があったとしても、長い目でみれば一定の確率に収斂(しゅうれん)する。

例えば5点差で負けている九回裏2死走者なしから攻撃側のチームが逆転する確率は0.1%しかない。ここでホームランが出ても焼け石に水で勝利確率は0.2%に上がるだけだ。一方、三振で試合終了になっても0になるだけ。つまり、本塁打でも三振でも勝敗への影響はないに等しい。

ところが同点の九回裏となれば話は違う。先頭打者が打席に入る時点で攻撃側の勝利確率は65%。サヨナラ本塁打が出ればこれが100になるし、凡退して1死になれば59%になる。つまり振れ幅は40ポイントを超える。このようにワンプレーによる振れ幅が大きい状況を「レバレッジが効いている」という。

選手評価手法の体系化などで知られるデータアナリストのトム・タンゴ氏はプレーボールからゲームセットまでのあらゆる状況で起こり得るプレーの確率、それがもたらす勝利確率の変動幅に基づき、「レバレッジ指数」という指標を考案した。平均を1とし、数字が大きくなるほど勝敗への影響が増し、ゼロに近づくほど減る。一般的な試合では指数が1以下という凪(なぎ)の状況が6割、2を超える重要局面が1割を占める。3を超えれば勝敗を左右するヤマ場となる。

あらゆる状況のうち、最もレバレッジが効いているのは1点差の九回裏2死満塁。まさに安打1本で勝敗が入れ替わる場面で、レバレッジ指数は10.9にも上昇する。一方、同じ九回裏2死満塁でも3点差がついていればレバレッジ指数は3.9まで下がる。起死回生の一発が出れば逆転とはいえ、この時点で攻撃側の勝利確率は10%。ドラマはめったに起こらないからドラマなのである。本塁打でなければひっくり返らないような状況だとレバレッジは低くなる。

なお、冒頭で挙げた勝利投手の権利が懸かる1点リードの五回裏2死満塁のレバレッジ指数は4.2。投手の疲労度や打順にもよるが、緊迫の度合いとしては、3点差の九回2死満塁に勝るとも劣らない。

選手起用で参考になるレバレッジ指数

「勝負強さ」を取り上げた以前のコラムでも説明したように、場面の重要性が増すほどコンスタントにパフォーマンスを向上させられる選手は統計上は見当たらない。だが、状況ごとのレバレッジ指数は選手の起用を考える上で参考になる。

大半のチームでは勝ちパターンかどうかでブルペンの役割分担が決まっている。例えば七回表に登板する場合のレバレッジ指数は1点リードなら1.7、同点なら1.5だが、ビハインドであれば1点差で1、2点差で0.7、3点差で0.4と勝敗への影響が小さくなる。こうした場面で出てくるのがキャリアの浅い若手や力のやや落ちる投手になるのは、合理的な帰結といえる。

8月6日、巨人の原辰徳監督は11点差をつけられた八回裏に野手の増田大輝をマウンドに送った。野手の登板は米大リーグでは珍しくないし、勝利確率が限りなくゼロに近い状況からすれば妥当な選択だが、一部のOBからは「相手に失礼」などの批判が出た。

賛否を呼んだ巨人・増田大の登板。消耗を防ぐマネジメントとしては理にかなっている

日本の1軍の出場選手登録数は大リーグより余裕があるとはいえ、今季は例年にない過密日程。シーズンを通して選手の消耗を抑えようという合理性に基づく推進派に対し、反対派が掲げるのは勝負哲学や野球のあり方という要素だから、議論でこの溝を埋めるのは容易ではない。

だが、伝統の巨人が野手を登板させたとなれば、追随するチームも出てくるだろう。かつての監督には細かい選手起用や作戦の巧拙といった実務能力よりも、カリスマ性やスター性が重要だった。しかし選手の技量が高まるとともにデータ分析が進み、各球団が高いレベルで拮抗している現在の球界では、統率力に加え、僅かな差を削り出すマネジメント能力、データの読解力や合理的な選手運用など幅広い資質が求められる。変わり続ける野球を理解し、順応する柔軟性は、デジタルネーティブ世代をマネジメントする企業の管理職に求められる素養にも通じるものがある。

岡田友輔(おかだ・ゆうすけ) 千葉県出身。大学卒業後、民放野球中継のデータスタッフやスポーツデータ配信会社勤務を経て2011年に独立。株式会社DELTAを立ち上げ、野球のデータ分析やプロ球団へのコンサルティングなどを手がける。オンラインで野球分析講座を開講中。

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