円満の願い 糸でまとう さゆ紀の紀州てまり
匠と巧

関西タイムライン
2020/8/31 2:01
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左手で綿の塊を回しながら右手で糸を巻きつけ、きれいな球を作る=笹津敏暉撮影

左手で綿の塊を回しながら右手で糸を巻きつけ、きれいな球を作る=笹津敏暉撮影

「てん、てん、てんまり、てんてまり~♪」という歌詞は誰でも聴いたことがあるだろう。童謡「まりと殿様」で歌われる「殿様」とは紀州藩主のことだ。和歌山市観光課によると、紀州てまりは同藩の殿中で、女官たちが姫のために作ったのが始まりという。嫁入り道具や祝い事のプレゼントなどに使われてきた。

「紀州てまり工房 さゆ紀」(和歌山市)の宮脇俊美さんは、昔ながらの手法で、てまりを作り続けている。2015年の「紀の国わかやま国体」で和歌山市民が約9000個のてまりを制作して選手や関係者に贈った際、同工房が準備や指導を担当した。

てまりは転がるときに音が鳴るよう、鈴が入っている。鈴の周りに綿を巻き、糸を巻き付けて凹凸を整え球にするのだが、宮脇さんは「ここが最も重要な工程だ」という。きれいな球にしないと、表面に模様を作るとき、ずれが出てしまうからだ。

宮脇さんは左手に綿の塊を持ち、右手で糸を巻き付けていく。左手で微妙に綿を持ち替えながら、右手は球の赤道を通るように糸を巻かなくてはいけない。宮脇さんは時々メジャーで円周を測りながら作業を進める。

記者もこの作業をさせてもらった。左手に気をとられると、右手の糸のかけ方が甘くなる。右手に注意を向けると左手の球が動かず同じ方向に糸を巻き付けてしまい、形がいびつになる。1カ所の凸をならすと別の箇所に凸ができ、いつまでたってもきれいな球にならなかった。宮脇さんは「初めててまりを作ると、みんな左手が動かず、円柱形になる」と笑う。

土台となる球ができると、刺しゅう糸をかがって精緻でカラフルな模様を作り上げる。菊の花の模様はよく目にするが、最近は現代的なデザインも好まれるようだ。宮脇さんもスイカの模様や、12パターンをセットにした干支(えと)の絵柄などを考案した。

和歌山の土産物の定番となっている紀州てまり。ただ和歌山地方史研究会の寺西貞弘・副会長は「てまりは全国どこでも同じような物が作られており、和歌山が特別だったわけではない」と指摘する。

寺西副会長によると、紀州てまりが注目される契機となったのは1958年の和歌山城天守閣の再建だ。天守閣そばに紀州藩主を歌った「まりと殿様」の碑が建ち、その流れで和歌山のてまりにも関心が集まったという。寺西副会長は「これに目をつけた地元がてまりを和歌山土産としてPRし、ゴムまりに押されていた手作りの技も脚光を浴びた」と推測する。

宮脇さんも25年ほど前に制作方法を習って以来、手作りにこだわり続けている。現在は教室を開き、約20人の生徒にも作り方を伝えている。「紀州てまりは『いつまでも丸く美しく納まるように』と願いが込められている。こうした思いがこもった手作り品のあたたかさを伝えていきたい」と意気込む。

(細川博史)

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