日本ペイント田中社長「買収したのはこっちだ」

日経ビジネス
2020/8/31 2:00
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田中正明(たなか・まさあき)氏 1977年東大法卒、三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入社。2012年三菱UFJフィナンシャル・グループ取締役副社長。18年産業革新投資機構社長CEO。19年日本ペイントホールディングス会長。20年社長CEOを兼務(写真:的野 弘路)

田中正明(たなか・まさあき)氏 1977年東大法卒、三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入社。2012年三菱UFJフィナンシャル・グループ取締役副社長。18年産業革新投資機構社長CEO。19年日本ペイントホールディングス会長。20年社長CEOを兼務(写真:的野 弘路)

日経ビジネス電子版

日本ペイントホールディングス(HD)が大勝負に出た。第三者割当増資などで1兆3000億円近い大金を調達、その資金を使ってシンガポールのウットラムグループと合弁で展開するアジア事業をすべて完全子会社化すると8月21日に発表した。株の割当先となるのはそのウットラム。もともと日本ペイントHDの筆頭株主だったウットラムの株式保有比率は、第三者割当増資の結果、39.6%から58.7%に上昇するため、形の上では日本ペイントがウットラムの子会社になる。

だがこの結果、日本ペイントHDは自己資金をほとんど使うことなく、ウットラムとの合弁だったアジア事業(日本ペイントHDが51%、ウットラムが49%出資)を完全に買収できる。つまり、ウットラムとの合弁事業の買収資金をウットラムから調達したことになる。日本ペイントは好調な合弁事業を完全に取り込むことで、利益を大幅に増やすことができる。一見複雑だが、名より実を取る格好となる今回のディールの本質は何か。日本ペイントHDの田中正明会長兼社長CEO(最高経営責任者)が日経ビジネスの取材に応じた。主な一問一答は以下の通り。

――ウットラムの持ち株比率が6割近くになるため、「日本ペイントHDがウットラムに買収される」「日本の大手企業がアジア企業の傘下に入る」という報道もありました。ただ第三者割当増資で得た1兆円以上を使ってウットラムとの合弁事業を完全に買収するのは日本ペイントの側です。言い換えれば、日本ペイントHDがウットラムの事業を買収したという見方もできると思いますが、どのようにとらえるのが正しいのでしょうか。

「いろいろな報道をされましたよ。ウットラムを率いるゴー・ハップジンさんはシンガポール人ですから、シンガポールの華僑による乗っ取りだとか、あとはアジア企業に買収されたとか、身売りだとか。でも買収されるわけではありません。ウットラムにTOB(株式公開買い付け)を仕掛けられたわけでもなく、我々マネジメントが変わるわけでもないのですから。子会社化という人もいますが、通常子会社化する場合は『最低でも51%の株を保有する』という合意や契約を結ぶものですが、今回はそれもない。つまり今後、我々が新株を発行してウットラムの出資比率が下がっても構わない、というわけです」

「もともと、我々はビジネスを一緒にやっているウットラムから見ると既に持ち分法適用会社です。今回、我々はそのウットラムからアジアの合弁事業のウットラム出資分(49%)と、ウットラムが展開するインドネシア事業を買い取るのです。そしてそのためのお金をゴーさんからもらいます、ということです。こんないい話はありません。ウットラムの事業がこっちに来るという意味で、より正確に言うと今回の案件は『日本ペイントとウットラムの事実上の合併』ととらえるべきです」

――アジアの合弁事業を完全子会社化したいという構想は以前からあったと思います。今回、それをようやく実行に移せたわけですが、どんな効果があるのでしょうか。

「合弁を完全に取り込むことで純利益は約6割増えます。そしてEPS(1株当たり利益)は第三者割当増資による株式増加を考慮しても10%以上増えるのです。株主としてはメリットがあります。またアジアではウットラムとの合弁と、日本ペイント独自の部隊が二重で活動するというのが現状ですが、この二重投資が今後は避けられます。ガバナンス上もすっきりします。そして今回、約60年に及ぶウットラムとのパートナーシップの完成形が見えたということです」

――売り手としても株の引き受け手としてもゴーさんとの交渉がカギとなったはずです。どんなやりとりがあったのでしょうか。

「ゴーさんとも様々な話をしました。今回の合弁とインドネシア事業の取得金額は我々にとって非常に魅力的な金額です。アナリストなどからも安く買えたと言われます。つまりゴーさんに値段で譲歩してもらったのです。ウットラムはゴーさん一族の資産管理会社ですから、彼らとしてみれば本来高く売りたいはずです。ですが私はゴーさんに『売り手としてのゴーさんが一歩引いてくれれば、買い手としてのプラスがあります』と言いました。つまり株式市場では今回の決断は必ず評価される、だから株価が上がるはずです。そうすれば筆頭株主のゴーさんは株主として譲歩分を取り返せるわけです。実際、我々の計算だとゴーさんは譲歩した金額を3日で取り返しましたよ(笑)」

――今回のアジア事業の完全取り込みにあたり、必要な資金は1兆円を超す巨額なものでした。銀行借り入れや公募増資などの方法も検討したのでしょうか。

「銀行から借りる案も考えました。金利は今、確かに安いですが、全部借りると債務超過になってしまいます。また公募増資はこういう株式市場の環境で実施するとおもちゃになりかねない。ショートされてしまい、いくら調達できるか不透明、という懸念もありました」

田中氏は「日本ペイントが買収されるのではないか、といったような世間的な見方を乗り越えれば最良のプラン」と語った(写真:的野 弘路)

田中氏は「日本ペイントが買収されるのではないか、といったような世間的な見方を乗り越えれば最良のプラン」と語った(写真:的野 弘路)

――ウットラム、つまりゴーさんが6割近い株を握ることへの不安感はないのでしょうか。

「もうウットラムとは60年も一緒にビジネスをしています。出資比率が50%を超えたから支配される、という見方はしていません。ゴーさんに出してもらえるならありがたいし、ソリューションの中では一番いい。冒頭にも言った通り、日本ペイントが買収されるのではないか、といったような世間的な見方、そこだけを乗り越えれば最良のプランです。我々とゴーさんは株主価値の最大化という同じ方向を向いています。そして『あとは任せるよ』と言ってくれています。むしろこちらがまだゴーさんの知見、人脈といった力を借りたいし必要としているので、一緒にやりましょうよと言っているくらいです」

――そもそも田中さんを日本ペイントに招へいしたのがゴーさん。お二人はどんな関係を構築しているのでしょうか。ゴーさんを信頼できていないと、今回のように6割近くの株をウットラムに持たせるという選択肢は取りづらいと思います。

「4年ほど前に、人の紹介で会ったのが最初です。日本企業のコーポレートガバナンスに関心を持ち、EPSを高める企業経営を重視するという価値観が同じでした。話をしてみると同い年で誕生日も一週間も変わらず、大学も同じ東京大学。同じときに同じキャンパスにいたということも分かり、妙に波長が合ったんです」

「欧米のガバナンスが必ずしもうまくいくとは限らない中、アジア型のガバナンスでうまく経営しているゴーさんの話に目を開かされることも多々ありました。私が日本ペイントHDの社長は日本人でなくてもいいのでは?と言ったこともあるのですが『日本の会社だから日本人でないとダメなんだ』と主張されたことも覚えています。ゴーさんは日本ペイントが、日本が大好きなのです。ゴーさんのインテリジェンスは日本の経営者では見たことがないレベルです。中国の塗料事業でもゼロからスタートして今や最大手に上り詰めるなど、本当にすごい人です」

――今回は手元資金の流出や財務悪化をほとんど伴わずに1兆円を超す買収を実現させました。ということはまだまだM&A(合併・買収)をする余力はありそうですね。

「これからも攻めますよ。買収案件はふんだんにありますから。楽しみにしておいてください(笑)。そして今は世界の塗料業界で4位ですが、いつか1位になりたいですね。それくらいの夢を持ってもいいのではないでしょうか」

――2018年に経済産業省と対立して官民ファンドの産業革新投資機構社長を辞任した際、これからは孫とゆっくりする、とおっしゃっていた記憶があります。そこから考えると今、日本ペイントHDの社長として大型案件を手掛けているのは想定外でしょうか。

「まったく想定していなかったですね。今ごろは孫と旅行でもしているはずだったんですけどね(笑)。でも充実感はありますよ。そして今回はゴーさんからウットラムの塗料事業の経営をも託されたようなものですから、重たいものを背負ったと思います」

(日経ビジネス 奥貴史)

[日経ビジネス電子版2020年8月27日の記事を再構成]

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