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収穫手伝い充実感 過酷さも痛感、あふれる感謝

今夏の帰省で農業に対する見方が変わった自分に気付く

「畑が大変なんだ」と実家の両親から連絡が入った。暑さと高齢で家業である農業の収穫作業が進まないとのこと。農作物の収穫はタイミングが重要で、適期を逃すとたちまち出荷できなくなる。両親は今年の収穫は諦めようかと弱気になったらしいが、春先に種を植え、除草などさまざまな手間をかけてきただけになかなか諦めがつかない。

折しも新型コロナウイルスの感染防止の観点から帰省の自粛が叫ばれており、東京に住む私から感染しないかと気がかりで声をかけるのもちゅうちょしたという。悩んだ末、できる限りの感染対策をした上で手伝うことにした。8月中旬は連日の猛暑で時には40度を超える日もあったものの、両親に手ほどきを受けながら必死で収穫した。

最近は田舎に移住し農業を営むことに憧れる人も多いと聞く。ただ、農業の現実は地味で厳しい。少し手を休めると野菜は成長しすぎて、収穫時期を逸してしまう。熱中症の警報が出ようとも待ったなしで作業せざるを得ず、こちらの都合とは無関係、否応なく自然に合わせていかなければ成り立たない。

過酷なこの仕事に両親は半世紀以上、従事してきた。子供の頃の私は手伝わされるのが嫌で仕方がなく、通学路に面した畑で作業する時には帽子を目深にかぶり同級生に見つからないよう必死だった。身体中が泥だらけになり休みもなく働いても、天候不順や市場価格の変動などで思うような収入を得られない。そんな家業に対して恥ずかしい気持ちしか持てなかった。

両親からは「農業は、人そのものを作る食べ物を育てる大切な仕事。胸を張るべきだ」と諭された。ところが当時の自分は友人に家業を隠し続けていた。今回、野良に出てみて、こんなに大変な思いをして育ててくれたのだと思い知り、今さらながら両親への感謝の思いで胸がいっぱいになった。

今シーズンはコロナ禍でターゲットレースもなくなり、仕事も大半を失い、全てが停滞している。そのせいでこの数カ月は自宅に引きこもりがちだった。今回の農業の手伝いは何ともいえない充実感を得られたように思う。目の前の地面から作物を拾い上げ、これを必要とする消費者へ届けていく――自分が動くことで何かが確実に前に進んでいる手応えがあったからだろう。子供のころは仕方なく親の手伝いをしていた。今回は仕事もない現在の無力感から解放され、少しでも社会に貢献できる尊い経験のように思えた。

フェンシングで東京五輪を目指す三宅諒選手も遠征費を工面するために食事の宅配サービスのアルバイトをし、似たような心境を語っていたのをテレビで見た。先行きの見えない不安に駆られているのは自分だけじゃなく、五輪レベルのアスリートでもそうなのだった。

帰省中は両親とは一定の距離をとり、食事中も無言。必要なこと以外の会話も避けて生活した。せっかくの帰省だというのに一体いつまでこんなことを続けるのかと暗たんたる気持ちになったのも事実。それでも両親とともに畑に出て汗水たらして働いたコロナ禍の夏の農作業の思い出は深く心に刻まれたように思う。

(プロトレイルランナー)

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