安倍首相、連続在任最長に 更新の陰で続く病との闘い

日経ビジネス
2020/8/27 2:00
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安倍首相(8月17日)=共同

安倍首相(8月17日)=共同

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安倍晋三首相の連続在任日数が24日、佐藤栄作元首相を抜いて歴代最長となった。2019年11月には第1次政権と合わせた通算在任日数でも憲政史上最長となっていた。最近も健康不安説が取り沙汰されるが、金字塔の陰では数十年にわたる持病との闘いが続いている。

「7年8カ月、国民に約束した政策を実行し、結果を出すため1日1日、全身全霊を傾けてきた。その積み重ねの上に今日の日を迎えることができたのだろうと考えている。全てはこれまでの国政選挙で力強い支持をいただいた国民の皆様のおかげだ」

安倍晋三首相は24日、連続在任日数が同日で2799日となり、自身の大叔父である佐藤栄作元首相を抜いて歴代最長となったことについて、感慨深げにこう話した。

安倍首相は2006年9月、小泉純一郎元首相の後を受け52歳で初の戦後生まれの宰相となった。「戦後レジームからの脱却」を旗頭に、憲法改正の手続きを定めた国民投票法の制定や教育基本法の改正、防衛庁の省昇格など保守色の濃い政策を実現した。

だが、閣僚の相次ぐスキャンダルや首相官邸内の不協和音などから求心力が急降下。07年の参院選で自民が歴史的惨敗を喫してから程なく、持病の潰瘍性大腸炎の悪化などを理由に突然辞任を表明。第1次政権はわずか1年で瓦解した。

■第1次政権瓦解後、「一時は引退も覚悟」

「一時は引退も覚悟した」という安倍首相。その後、地元や全国へのおわび行脚などを通じて失地回復に取り組む一方、自民党の野党転落後は憲法改正や教育再生などを巡って持論を積極的に発信した。

12年になると安倍首相の政治信条に共鳴する橋下徹・大阪市長(当時)との相乗効果で政界での安倍首相の存在感は急速に回復。周囲の反対を押し切って出馬した同年9月の自民党総裁選では、民主党政権の失政と外交危機が安倍首相への追い風となり、党所属国会議員による決選投票で石破茂元幹事長を逆転して再び総裁の座をたぐり寄せた。

そして12年12月の衆院選で圧勝し、安倍首相は辞任から5年余りで政権に復帰した。短命に終わった1次政権の反省から理念先行の政治スタイルを封印。大胆な金融緩和と機動的な財政支出、成長戦略による「アベノミクス」を掲げ、まずは国民が求める経済再生に最優先で取り組んだ。堅調な国内経済や安定した政権運営、さらに「多弱」と称される野党の分立状態が続いていることを背景に、12年12月の衆院選も含め国政選挙で6連勝を飾った。

■安定政権で2度の消費増税実現

「安倍1強」と評された強い政権基盤の下、7年8カ月にわたり政権を維持してきた。歴代政権の鬼門とされた消費増税については8%に引き上げた後、2度延期したものの、慎重に10%への引き上げを実現した。在任中に2度消費税率を引き上げたのは安倍首相が初となる。財務省幹部は「首相の最大のレガシー(政治的遺産)は2度の消費増税だと思う」と指摘する。

首相の自民党総裁としての任期は21年9月末まで。残り任期1年余りの間に、新型コロナウイルス対策や経済回復、憲法改正などの課題をはじめ政権の総仕上げに取り組む方針だ。

だが、今年前半以降、新型コロナへの対応で「後手に回った」などの批判を浴び、各種世論調査で内閣支持率は低迷。「強い官邸」にきしみが生じ、国民への10万円給付をはじめ政策決定で与党の意向に従う場面が相次いでいる。政権内の力学変化は顕著だ。

コロナ禍で経済が急失速し、雇用などアベノミクスの成果はしぼみつつある。コロナの影響で得意の外交展開も描きにくくなり、来年夏に1年延期した東京五輪・パラリンピックを予定通り開催できるか懸念はぬぐえない。

今月17日に都内の大学病院で日帰り検診を受け、24日に再び訪れるなど、最近は首相の健康不安説が広がっている。持病の悪化を懸念する見方が出る中、周辺はこう漏らす。

「コロナ対応などで疲れやストレスはたまるばかり。新たなレガシーづくりが難しくなり、閉塞感もダメージになっているようだ」

■20代半ばに持病の病名が判明

祖父が岸信介元首相、父が首相の座まであと一歩だった安倍晋太郎元外相と、政界のサラブレッドだった安倍首相。政治家になる上で極めて恵まれた環境に育ったのは間違いないが、挫折を乗り越え、歴代最長政権の記録を塗り替えるまでの歩みは決して容易なものではなかった。

中でも安倍首相が悩まされ続けてきたのが数十年に及ぶ持病との闘いだ。

持病である潰瘍性大腸炎。「最初に症状が表れたのは中学3年生の頃だ」と首相自身から聞いたことがある。その後、神戸製鋼所に入社したのと同時期の20代半ばに病名が判明。首相本人によると、下痢などの症状に悩み、炎症を抑える薬を飲み始めたものの、症状は続いたという。

関係者によると、晋太郎氏の急逝に伴い、後継候補として初出馬する際には支持者が健康問題を不安視することを恐れ、秘書や後援会幹部の間では首相の持病についてかん口令が敷かれたという。

その後、自民党国会対策副委員長時代の98年には腸全体がただれるほど症状が悪化。首相は後に、筆者に対し「3カ月の入院を余儀なくされ、一時は手術で大腸を切除することまで検討されたほどだった」と振り返っている。

懸命の治療で症状がかなりコントロールできる状態になった後、安倍首相は内閣官房副長官、自民党幹事長、官房長官と要職に起用されていく。筆者は副長官時代の担当記者になって以降、安倍首相と折に触れて懇談や会食を重ねていたが、副長官や幹事長時代、酒を飲めず、食事の量も少なめな様子が印象に残っている。

それでいて、休む間もなく議員との会合をハシゴし、土日も地方に講演や選挙の応援に出向く日々をこなした。当時の様子を知る元秘書は「根は本当に真面目な人。体調に気を使いながら、与えられたチャンスを生かそうと懸命に働いていた」と語る。

そうして首相の座に一気に駆け上がった安倍首相だったが、度重なる政権への批判や激務が響き体調は悪化。ストレスから睡眠不足が続き、それが持病を深刻化させる悪循環に陥ったと、当時を知る関係者は話す。

長年の持病が主因で、1度は奈落の底に突き落とされた安倍首相。その後、新薬で症状が劇的に改善したことが復活への大きなきっかけとなったことは広く知られている。

「今は外遊の時にも体をあまり気にせず食事ができ、ワインも飲める。今まで酒を飲めなかったなんて、本当にもったいなかったね」

政権復帰後、安倍首相からこんな軽口を聞いたのは1度や2度ではない。かつて無いほどの体調の良さが要所での冷静な政治決断や好調な政権運営などにつながっている――。そうした好循環が安定政権の根っこにあると安倍首相が漏らしたのを覚えている。

■再び浮上する健康不安説

連続在任日数で歴代最長記録を塗り替えるのと時を同じくして、再び取り沙汰される健康不安説。「例年の夏休みのようにゴルフや別荘でバーベキューぐらいはすべきだ」と周辺は首相に勧めるが、コロナ対応を理由に首相は首を縦に振らないという。

「何をしてもメディアなどから批判されるだろうと気にしすぎている。ストレスも響いているのだろう、執務に支障はないものの、相当疲れているのは間違いない」。首相に近い自民議員は気をもむ。

長年悩まされてきた病と今後も折り合いを付け、体調を整えた上で9月に想定される内閣改造・自民党役員人事を契機に求心力低下に歯止めを掛けることができるのか。経済回復や残る政治課題にどう道筋を付けていくのか。

体調問題を含む首相の今後の動向次第で、「ポスト安倍」を巡る自民内の駆け引きや次期衆院選をにらんだ野党勢力の動きがさらに活発化しそうだ。

(日経ビジネス編集委員 安藤毅)

[日経ビジネス電子版 2020年8月25日の記事を再構成]

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