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リンクスが渋野を大人にする 攻めの覚悟消した迷い

編集委員 串田孝義

女子ゴルフのAIG全英女子オープン(ロイヤルトルーンGC)で大会自己最高の6位で終えた上田桃子は今回の全英が10度目の挑戦だった。初出場は同じスコットランドのセントアンドルース・オールドコースで行われた2007年で通算13オーバーの55位。「(悪天候の中を)耐えた予選2日間のご褒美が決勝でもらえた気がした。これぞリンクス、という感じでしたね」

ゴルフの聖地でのリンクス初挑戦が、今年の渋野日向子とちょうど同じ21歳。その年、日本の賞金女王に輝き、のちに米女子ツアーへ参戦を果たし、米本土では1勝もできぬまま日本へ。ゴルフ人生の浮き沈みを経験した34歳の熟練の技がリンクスという独特の舞台で生きた。

通算9オーバーまで下がった予選通過ラインに3打届かなかった渋野は翌日、コースを訪れて練習した。「今の自分ではリンクスで結果を出せない。何年後かにリベンジできるよう準備したい」と話した渋野の念頭にあったのは、上田のりりしい大人の立ち姿だったかもしれない。

昨年、男子の全英オープンが行われた北アイルランドのポートラッシュは、ロイヤルトルーンのコースの眼前に広がるクライド湾を抜け出てすぐ、アイルランド島のほぼ対岸といえる場所。海風の強度、質は似通っている。北大西洋からの風は間断なく吹きつけ、ちょっと気を許すと足をすくわれる危険と、心ごとどこかへ持っていかれそうな恐怖を感じる。

全英女子を初出場で予選落ちした稲見萌寧も「台風みたい」と表現したが、驚くのは、そんな風の中を現地の高齢の女性が犬の散歩で普通に歩いている風景に出くわすこと。要はこの風、慣れというか経験が極めて大切になる。

リンクスの全英(男子)はこのところ18年のカーヌスティでイタリア(F・モリナリ)、19年のロイヤルポートラッシュでアイルランド(S・ローリー)と欧州勢が勝っている。その流れに導かれるように、今年の全英女子はS・ポポフがドイツ女子初のメジャー制覇をなし遂げた。

思えば前回ロイヤルトルーンで行われた16年の全英を制したのがH・ステンソン(スウェーデン)。今回の全英女子、予選を首位で通過したD・ホルムクビストも、P・ミケルソン(米国)と最終日のデッドヒートを制した国の先輩の勇姿をテレビで目に焼き付けた一人だった。

リンクスで雨、風にさらされた場合、天候と決して戦ってはならない。ひたすら頭を下げ続ける忍耐が肝要だ。普段のバーディー合戦のゴルフはあきらめて、欲を出さないこと。専守防衛に徹することができるかどうか。渋野が悔いを残しているとしたら、こうしたマネジメントのメリハリが全く機能せず、特にグリーンを狙う際、攻めか守りか、迷いを抱えたままショットを打ってしまったことだろう。

初出場初優勝の快挙を演じた昨年全英女子の12番パー4でのワンオンチャレンジ。その場面を振り返り語ったのが「ここで狙わなかったら悔いが残る」。彼女なりの人生訓というか、ゴルフの信条が「悔いを残さない」。今回の全英女子、経験不足は重々承知のリンクスで、渋野は本当なら攻めていきたかったはず。攻めて玉砕するならその方が悔いを残さずに済んだのでは、と想像する。

攻めたくてもできなかったのは自身のショットへの不安から。昨年オフからコロナ禍の自粛期間中、トレーニングで強化した肉体とさまざまな改良を加えた新スイングでどう球を操れるのか、それも試合の中でどう表現できるのか、いまだ試行錯誤の段階にある。国内開幕戦となったアース・モンダミン杯、その後のテレビマッチでの渋野はずっとアイアンショットの縦の距離感をつかめずじまいだった。

ドライバーは風の中、「リズムに集中する」ことで調子をつかみ、フェアウエーキープ率は初日71%、2日目79%と高い数字を残した。2日間の平均飛距離296ヤードも全体の7番目。ところがパーオン率は50%。コメントからうかがえるのはグリーンを狙うアイアンショットで球の位置から悩みあぐねていた混乱ぶりだ。

そもそも20年型シブコの標準がいまだ把握できていないところへ、球の高低の打ち分けなどいろんな要素が思考に割り込んでくるのだからたまらない。キャディーを務めた青木翔コーチにはおそらく指摘されたはず。「コースに出て迷ってはいけないよ」

渋野にとって今回の全英女子は今年3試合目。ツアー1年目の昨季、3戦目の渋野はどうだったかというと、3月のアクサ女子で2戦連続予選落ちを喫している。自他ともに認める「スロースターター」。昨季はその後もぱっとせず、6戦目の初日に81の大たたきをして目が覚めたか、2日目に昨季自己ベストの66を出して19年型のゴルフスタイルを一気に作りあげた。

2年目は開幕から出場3戦連続の予選落ち。苦しいのは間違いないが、普段通りの渋野のシーズン立ち上がりとも受け取れる。2年目のジンクスを語るのは早計だろう。

女子の5大メジャー制覇をプロゴルファーとしての目標に掲げ、全英女子を終えた渋野は大西洋を渡り、米国でのメジャー2試合に向かう。地元岡山で開催される日本女子プロ選手権コニカミノルタ杯(9月)、女子ゴルファー日本一を決める日本女子オープン(10月)を欠場することになる決断には賛否両論ある。

それでもこの人らしく「そうしないと悔いが残るから」。1回きりになるかもしれないチャンスが目の前にある限り、挑まないという選択肢はない。リンクスで打ちのめされた渋野が、その原因がリンクスへの対策不足にあるのでなく、攻めのゴルフに殉じる覚悟が足りなかったせい、と思えれば、米女子ツアーのパワーゴルフに真っ正面から対峙できるかもしれない。

今年の全英女子のプロモーション映像がカッコ良く仕上がっていた。女性活躍の推進など社会の多様性を象徴する存在に大会を位置づけ、「未来は私たちの手にある。決してあきらめない」とメッセージを発する映像の主役が渋野その人だった。

開幕前日には21年はカーヌスティ、22年はミュアフィールドと、名門リンクスでの開催が発表された。24年はセントアンドルーズ。渋野は歴代優勝者の資格で基本現役である間は出場できる。19年の栄光は1年後の予選落ちぐらいでいささかも価値を落とすことはない。シンデレラが大人のゴルファーに成長していくレールはすでに敷かれている。

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