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チームラボ猪子氏「人は生きている意味を求める」

日経ビジネス電子版

デジタルアートのトップランナーとして世界の注目を浴びるチームラボ(東京・千代田)の代表、猪子寿之氏。事業家としてのみならず、独自の目線から人の動きを観察し続けている若手論客に、我々は今後、どこに向かって進んでいくのか、社会や人間の変化を聞きました。

――新型コロナウイルスの感染拡大は、社会にどのような変化をもたらしますか。

「大きな流れは変わらない。『アフターコロナ』のようなものはないと思っている。今の状態がいつまで続くかはわからないが、収束後の世界は元に戻るはずだ。過去にも疫病は多くあったが都市化が止まったことはない。人は長い年月をかけ密へと向かっている」

「みんなが『変わる』と言っているのは、そう言えば人々の関心が湧き、もうかるから。ビジネス的に、変わることにしているのだと思う。オフィスを持たずに仕事するといったことは、高付加価値の領域では起こり得ない。従来から技術的にはできるにもかかわらず、それを実行した企業は成功していない。ただ、コロナ以前から存在する変化の後押しにはなっている。例えば、環境変化への対応のようなものだ。以前からあることは加速するが、これまでに起こっていないことは、いずれ元に戻る」

――長い歴史の中で、人はどういった方向に動いているととらえていますか。

「近代の大きな流れは、産業革命と情報革命だ。産業革命は加熱でピストンを動かす蒸気機関の話で、物理的に動くことが基礎だった。その象徴は乗り物。富裕層は車を買い、クルーザーを買い、飛行機を買った。動く必要があるので、郊外を受け入れた。前世紀の最高のエンタメと言っていいディズニーランドはすべてが乗り物だ」

「一方、情報革命はデジタルの発明であり、脳の拡張だ。グーグル、ツイッター、フェイスブック、アップルなどは脳を拡張したい人の関心に応えている。『生きている意味を感じること』が豊かさになっている」

「以前の世界は、固定的で受動的だったとも言える。映画も遊園地も受動的で、行動原理は時間を消費し、楽しませてもらうことだった。今後は、すべてが変化し続けるようになる。ゴールはあらかじめ設定されておらず、自分で表現し、アップロードする。その能動的な動きが、脳をより拡張させる。重要なのは、自らの意思で歩くこと。感性が育てる旅であり、アートの時代と言っていい。単なる時間の消費ではなく、意味を求めていく」

――何に意味を感じるかは、個人によって差異がありそうです。

「確かにそうだが、共通して意味を感じられるものもあるはずだ。それは、自分の存在を超越して成り立っているようなもの。長い時間をかけてつくられた自然や歴史、自分では表現が難しい芸術などを求めて動くようになる」

「例えば、数千年の年月がつくった特殊な地形や、中国のハニ族の棚田のように人と自然の営みが長い時間をかけてつくり上げた景観だ。アーティストが自分の中で意味を見出し、生涯かけてつくり上げたようなものも同様だろう。バルセロナの大聖堂、サグラダ・ファミリアのようなものだ。一方で、意味を感じないものは、便利だろうと安かろうと、コスパがよかろうと、優先順位が下がっていくのだと思う」

「ただ、いつの時代も、人は正義のようなものに意味を感じやすい。安直な正義の名のもとで『魔女狩り』のようなことをしてきた歴史がある。絶対的な悪とされるものがあるとき、それを懲らしめるのが正義。生き方に意味を求める流れで、この傾向がエスカレートする可能性はある。そうなると、社会は硬直化し、経済、文化的な発展が阻害され、様々な犠牲が生まれる。だから、正義をつくりやすい状況をつくらないことが重要だ。今の社会はわかりやすい正義をコンテンツとして提供しすぎている」

キーワードは「反分断」

――人と組織との関係は、どのように変わっていくと考えますか。

「より協働的になっていく。分業が進んでいると、組織に属しているように見えて、実は別々の行動をしている。例えばベルトコンベヤーの仕事では、隣のセクションの人が何をやっているかは関係ない。今はデジタルが中心になり、仕事の切り分けがしにくくなっている。仕事が自己完結型になれば、人はより協力して動くようになる。そして、組織にも意味を求めるようになる」

「働くことにも、お金ではなく意味を強く求めるようになり、それを提供できる組織を優秀な人材が形成していく。このシフトは、生存への心配が少ない地域で一気に進むだろう」

「重要なキーワードが『反分断』だ。あらゆるレイヤーにおいて、すべてが境界なく連動していることを認め、肯定できる地域・組織がより発達しやすい。歴史を見れば、人口爆発以外で栄えてきたのはグローバル化した場所。情報が重要となる中、様々な考え方を受け入れる素養が問われる」

「世界では超大国のナショナリズム化が進んでいる。仮に、日本がナショナリズムの低い大国として存在すれば、競争優位性が極めて高くなる。格差の拡大も分断につながる。ありとあらゆる局面で、分断が起こりにくいようにすることが重要だ」

――個人の能動的な動きは、どのようにしてつくられるのでしょうか。我々は答えを教えられて育っており、その環境に慣れている面があります。

「自らの意思のある身体で社会が変わるという体験を重ねていくべきだ。福岡市内に『チームラボフォレスト』という新たな施設を7月にオープンした。森みたいな空間を歩き回り、携帯電話のカメラをかざして動物を見つける。矢を射たり罠(わな)を仕掛けたりして動物を捕らえると、携帯電話が図鑑になり、動物について学習できる。自ら見つけ、自ら学習する。捕らえた動物は最後にリリースする」

「カメラが見ているものを人工知能(AI)で認識し、携帯電話と空間を連動させる技術も売りだが、より大事なのは自ら意思のある身体で歩き回り、能動的に見つけて捕まえ、その上で知るということ。これこそが人間の本来あるべき姿だ。前の産業の時にできた受け身の教育には何の意思もない。普段の教育においても、能動的に動く機会を増やし、社会と能動的に向き合える素養を育てる必要があるのだと思う」

――能動的に動くためには、自分のことを改めて知る必要がありそうです。日本や日本人の強み、特徴をどう考えますか。

「絵画で見るとわかりやすい。例えば、1500年代に狩野永徳が描いた『洛中洛外図』は街の風景だ。この頃、欧州で絵画といえば、基本的に肖像画。日本を含めた東洋の人は空間全体にフォーカスする傾向が強く、西洋人は基本的には物を見る」

「これはポエムにも出ている。松尾芭蕉は『古池や蛙飛(かわずとび)こむ水のおと』と詠んだ。遠いところをうたっていて、見てもいない。音を聞いているだけだ。無限の広い世界、森の静けさに気がつき、その空間をうたっている。英国人には怒られそうだが、シェークスピアは己のことばかりだ」

「ウィキペディアに世界で何カ国語に訳され、どれだけの人が見たかを示す指標がある。いかに影響を与えているかがわかるが、日本人でその数値が高いのが松尾芭蕉だそうだ。現存する人物では映画監督の宮崎駿さん。日本が世界に最も影響を与えているのは、科学でも産業でもなく、文化なのかもしれない。この特徴は、これからの世界における競争力になる。アート性、意味こそが重要となる世界は、ある意味、文化の世界とも言えるからだ」

――「脳の拡張」のキーワードにも掲げている「アート」とはどういったものですか。

「これまで価値を認識されていない領域において美の力によって美を拡張すること、美の領域を美の力によって広げることだ。1917年、マルセル・デュシャンというアーティストが、既製品の便器を買ってきて『泉』という名前で展示会に出した。結果的にこれをきっかけとして『コンセプチュアル・アート』というものができた」

「100年たった今、コンセプトは人類にとって格好いいものになった。ベンチャー企業が『コンセプトはない』と言うのは恥ずかしいくらいで、ありとあらゆる分野に普及した。つまり、コンセプトが美になった。ただ、コンセプトがある方が成功するという証拠などない。成功においてコンセプトは重要ではないかもしれないが、なぜかあった方が格好いいと思っている」

「ピカソは1つの視点で物事を見るのはダサいという概念を提供した。『キュービズム』というもので、多くの視点で見た方が美しいとした。植民地政策の頃の欧州は世界を1つの視点で見ていた。それが今は、ダイバーシティーを強調し、多様性がある方がうまくいくと言っている。そんなエビデンスがないにもかかわらず、ダイバーシティーがある方が美しいことになった。多くの視点で見た方が美しいというのはフィクションかもしれないが、いつしか、それが高級なものになった」

「ピカソのような例はある意味、力業かもしれないが、汎用性が高いものもある。例えば、モネなど印象派の表現だ。ものを描くよりも光を描いた方が美しいという発想で、あえて色を混ぜないで、網膜で混ぜるようにした。紫色は絵にすると沈む。赤と青を混ぜないでドットで置いて、目の中で紫にしてあげると、絵の具で混ぜる紫よりも輝く。絵は輝いた方が美しいということで、その手法を編み出した。美の力によって美を拡張するのがアート。そして、美とは究極的には、生きていることを肯定すること、肯定されることだと思う」

(日経ビジネス 北西厚一)

[日経ビジネス電子版2020年8月24日の記事を再構成]

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