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ヘイト抑制、どこまで 罰則付き条例施行の川崎

(更新)

外国にルーツのある市民へのヘイトスピーチに刑事罰を科す。川崎市でこうした全国初の条例が全面施行され、間もなく2カ月になる。この間、街頭宣伝などで明白な違反事例は確認されていない。ただ「どこまで許されるのか」を試そうという動きもある。罰則規定は差別の根絶につながるのか。(榎本行浩)

「市役所の職員、出てこい。何がヘイトスピーチか言ってみろ」。7月12日、条例の全面施行後初となる街頭宣伝。在日コリアンなどに差別的な言動をとってきた団体関係者ら約20人がJR川崎駅前で約2時間、「生活保護は日本人より外国人が優遇されている」などと交代で演説した。

団体を囲う柵の外側にはヘイトスピーチ反対を掲げる市民が集まり、「帰れ」「おまえらこそ」と怒号が飛び交う。その中で団体の言動を知る地元女性(70)は驚いた。「すごく言葉を選んでいる。以前はひどかったから。条例の効果では」

川崎市の差別禁止条例は公共の場で拡声器を使ったり、ビラを配布したりして日本以外の特定の国や地域の出身者に差別的な言動をすることを禁じた。違反者には最高50万円の刑事罰を科す。2019年12月に一部施行し、周知期間を経て今年7月1日に罰則を含めて全面施行した。

憲法が保障する表現の自由を侵害しないように配慮。素案段階では「侮蔑する言動」を規制対象としたが、「曖昧で不明確」との意見が寄せられ、刑法の侮辱罪で法律上の構成要件が明確なことから「侮辱する言動」に改めた。「多数の者が大声で連呼」との表現は多数や大声の定義が難しいと判断し、削除した。

条例の解釈指針として、街宣などで繰り返された「○○人を川崎から叩き出せ」「○○人を殺す」などの具体的な表現を違反事例として示した。歴史認識の表明や政治的主張は対象外で、識者による審査会で協議し勧告や命令を行い、違反が3回あった場合に氏名公表や刑事告発に至る。

表現を巡るせめぎ合いは始まったばかりだ。川崎駅前の街宣では市が職員約10人を配置して録音した。確認の結果、福田紀彦市長は「気をつけていたと思う」と条例抵触はなかったとの認識を示した。これに対し、団体側はその後の集会で「次は何がヘイトか、もうちょっと踏み込んで発言します」と宣言。次回は9月20日を予定する。

市の担当者はインターネット上でこうした情報をチェックし、今後に備える。しかし告知なく実施され、差別的言動がなされるケースもあり現場を追い切れない。「抵触しなければ何を言ってもいいわけではない」としつつ、「取り締まりをやり過ぎれば言葉狩りになってしまう」と悩む。

「まだまだ差別は無くならないが、この条例と一緒に進みたい」。国内有数のコリアンタウン、同市桜本地区で暮らす在日3世、崔江以子(チェ・カンイジャ)さん(47)は前を向く。

かつてヘイト活動は同地区などで頻繁に行われた。崔さんは15年にそれへの反対活動に加わって以来、実名で抗議の声を上げ続けてきた。訴えは国会にも届き、16年のヘイトスピーチ対策法施行につながった。崔さんは「私が育った地域は、多様性が豊かさの証し。今後もそう子どもたちに伝え続けたい」と願う。

市の審査会長の吉戒修一弁護士(元東京高裁長官)は「人権侵害の問題は、被害者の言い分に耳を傾けるのが第一。不当な表現があれば行政が毅然とした態度で発信することがけん制になる」と話す。16年に障害者施設で入所者19人が殺害される事件が起きた相模原市も、罰則付き条例の制定を目指している。

◆対策、ネットでも進む
 差別や中傷は公共の場だけでなく、インターネット上でも後を絶たない。悪意ある投稿を減らすための対策が急がれる。
 5月にはSNS(交流サイト)で中傷を受けていた女子プロレスラーが死去した。ヤフーはこの問題で、深層学習を活用した人工知能(AI)で、不適切な書き込みを削除する技術をネット事業者に提供すると表明。削除する上での透明性を確保するため、有識者を交えた議論も始めた。同社の担当者は「社会の要請を見誤ることなく、適切に対応していく必要がある」と話す。
 川崎市の条例はネット上の差別的言動は刑事罰の対象外とする。一方で市の審査会で差別と認定されれば、市長がプロバイダー業者への削除要請などの拡散防止措置を取る。審査会は市民の崔江以子さんに対する書き込みについて21日に協議し、差別的との見解で一致した。今後、削除などの措置を取るよう市に答申する見通しだ。

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コロナ禍で苦境にあえぐ人々の姿や、高齢化が生み出した社会のひずみなどに焦点を当てるコラムです。

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