アンジェス創業者「日本製ワクチンが必要なわけ」

日経ビジネス
2020/8/25 2:00
保存
共有
印刷
その他


森下竜一[もりした・りゅういち]氏
アンジェス創業者、大阪大学寄附講座教授。1987年、大阪大学医学部卒業。米国スタンフォード大学循環器科研究員・客員講師、大阪大学助教授を経て、2003年から大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学寄附講座教授。日本脳血管・認知症学会理事長、日本遺伝子治療学会副理事長などのほか、内閣官房健康・医療戦略室戦略参与、大阪府・大阪市特別顧問も務める。


森下竜一[もりした・りゅういち]氏
アンジェス創業者、大阪大学寄附講座教授。1987年、大阪大学医学部卒業。米国スタンフォード大学循環器科研究員・客員講師、大阪大学助教授を経て、2003年から大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学寄附講座教授。日本脳血管・認知症学会理事長、日本遺伝子治療学会副理事長などのほか、内閣官房健康・医療戦略室戦略参与、大阪府・大阪市特別顧問も務める。

新型コロナウイルスの感染収束の切り札として、世界中で開発が進むワクチン。日本において唯一、臨床試験に入っているのが大阪大学発の創薬ベンチャー、アンジェスだ。米国や英国の大手が先行する中、「日本製のワクチン」を持つ意義はどこにあるのか。新型コロナとは何かという純粋な疑問からワクチン開発の見通しまでを、アンジェス創業者で大阪大学寄付講座教授の森下竜一氏に聞いた。

――新型コロナウイルスの新規感染者が再び増えています。現状をどのように捉えればよいでしょうか。

「非常にまずい状況になってきているのは確かです。感染が全国的に広がり、大阪府などでは重症者が増えています。地域によっては、病床の使用率が高まり、高齢者の家庭内感染も頻発しています。市中感染も拡大傾向。今後はさらに逼迫する局面がありそうです」

――当初は夏に一度、感染が収まるのではないかという説もありました。

「完全に誤情報でした。私はもともとその説に否定的で、高温多湿なシンガポールやイランで流行しており、さらに夏になるとクーラーを使って部屋を密閉するので、むしろ増えると思っていました。残念ながら、それが当たった感じです」

――重症化患者が一時的に減ったのには、どういった理由があったのでしょうか。

「1つは感染者に若者が多かったこと。もう1つは、医者が新型コロナへの対応に慣れてきたことです。病気の進展がわかれば、対応できることが増えます。例えば、この症状にはステロイドが効くなど、必要な対処ができる。死亡者が減っているのもそのためです。ただ最近、重症化が早まっているという話があります。早く出て早く治るのならいいですが、早く重症化し症状が長引くと、医療的には難しくなります」

――沖縄県など地方部での広がりが深刻です。

「これからが本番だと感じています。患者数もありますが、新型コロナにおいては、医療施設と患者の比率の問題が大きい。医療体制が充実していない地方で大規模なクラスターが出ると、バランスは一気に崩れてしまいます。そういった地域では高齢化が進んでいるので非常にリスクが高くなります」

■弱毒化も強毒化もある

――そもそも、この新型コロナウイルスとは何者なのでしょうか。

「コロナウイルス自体は珍しいものではなく、それほど強いものでもありません。一般的な風邪の15%程度が、コロナ由来です。これまでに6種類のコロナウイルスが確認されており、今回の新型コロナは7番目の形です」

「2002年に重症急性呼吸器症候群(SARS)が出現し、肺炎を引き起こすコロナがあると怖がられました。その後に中東呼吸器症候群(MERS)が出て、致死率の高さで注目されました。新型コロナはこの2つとは違う、ある意味で原始的なウイルスです。症状はそれほどひどくならないのですが、症状が出る前に感染が広がってしまう。だから封じ込めるのが非常に難しいのです」

――新型コロナは人工的なものなのでしょうか。

「生物兵器として考えると、効率が悪すぎます。若い人がかかっても元気なので、ばらまいても役に立ちません。とはいえ、知り合いのウイルス学者の話では、発祥はやはり中国・武漢のウイルス研究所ではないかということです。そこに所属するコロナウイルスの研究者が集めていたコレクションの1つで、『無害なウイルス』とみなされていたのではないかという情報もあります。なんとなく信ぴょう性はあります。中国の不活化ワクチンの開発はペースが速すぎますから」

――感染が広がる中で、ウイルスが変異しているというのは本当でしょうか。

「武漢からイランに入り、そこからイタリアを経由してヨーロッパ全域に広がり、欧州から米国に渡ったというのが大きな流れです。日本に初期に入ってきた武漢型はほぼ姿を消しており、今、日本で広がっているのは欧州型です。3月ごろに欧州を旅行した人たちが帰国し、感染が広がったと考えられます。今は実質的な鎖国状態なので、東京型や大阪型になっているという話も出ています」

「ワクチンのターゲットであるS(スパイク)タンパクは、欧州で1度変異しています。ただ、米国型と欧州型はターゲットには大きな差異はありません。他の部分の変化は見られますが、これに意味があるのかは正直わかりません。問題はこの半年間に、新型コロナは変異をし続けているということです。だから理論上は、今後、弱毒化する可能性も、強毒化する可能性もある」

――なるほど。新型コロナは抗体が形成されにくいそうですね。

「確かにその傾向はありますね。おそらく、体内で活性化する際のウイルス量が少ないためでしょう。インフルエンザの場合は、ウイルスが急激に増え、熱が出て、抗体ができる。症状が出にくいと体が必死にならず、抗体を作ろうとしないのです。一度かかった人も中和抗体ができにくく集団免疫の可能性も低いので、ワクチンで対応するしかありません。ワクチンで抗体ができても短期間で消失するのではないかという説もありますが、これはあたりません。ワクチンは、抗体が持続できるように設計していますので、自然感染と同じではありません」

■企業の自主防衛が重要

――日本で検査体制が広がらない状況をどう見ていますか。

「PCR検査は当然広げた方がいいのですが、公費でする限り、あまり期待はできません。保健所が中心では検査数を極端に増やすことはできないからです。今後は、民間企業による『自主防衛』が重要になると思います。例えば、企業が民間の検査センターを利用し、感染が発生したときには速やかに抑え込める体制をつくる。抗体検査を定期的に実施することも非常に有効だと思います」

「抗体検査では今感染しているかどうかの判断はできませんが、1週間前までの状況はわかります。普通の企業活動をしていれば、さすがに1週間の記憶はある。重要なのは自分が持ち込んだのか、持ち込まれたのかを特定することです。これをしないとクラスターは防げません。品質の良い抗体検査ツールで経過をモニタリングしていく。ゼロリスクは無理なので、企業努力によってできるだけリスクを減らすべきです」

――やはり、根本的な解決にはワクチンが必要ですね。今開発されているワクチンはどういったタイプに分けられるのでしょうか。

「大枠で言うと、ウイルスを有精卵で増殖させて作る一般的な手法の『生ワクチン』と、遺伝情報を利用するタイプがあります。生ワクチンを生成するにはウイルスを弱毒化する必要があるのですが、中国を除いて、まだその方法が確立されていません。弱毒化を確かめるのにも時間がかかります。さらに、新型コロナのウイルスは鳥の卵では増えにくいことがわかっています」

「このタイプのワクチンはいずれできるでしょうが、時間がかかります。遺伝情報を利用するものには様々なタイプがあり、アンジェスはプラスミドDNAを利用する方式をとっています。それぞれにメリットとデメリットがあって、他の遺伝情報利用ワクチンには熱が出るなど副作用が大きなものもあります。そうした副作用が他のワクチンから出て、我々のワクチンも副作用が多いと誤解されることを懸念しています」

――世界で既に20を超えるワクチンが臨床実験に入っているとされますが、実際のところ、実用化はいつになりそうでしょうか。

「開発で先頭を走っているのは米国勢で、彼らは年内と言っています。とはいえ、ワクチンの承認は、各国の規制当局がどのような基準を設けるかに大きく影響されます。一般的な流れからは外れていますが、ロシアはすでに承認しています。そもそも世界保健機関(WHO)の有効性基準が厳しすぎて現実離れしています」

「米国がWHOを脱退するのなら、思いのままに基準を変えることもできます。通常の経済活動に戻るには、治療薬とワクチンの両方がないと無理です。新型コロナは感染しても80%がほぼ無症状・軽症で、残り15%が中等症。重症化するのは5%です。ワクチンが実用化され、例えば重症化率が1%ほどに減ると、新型コロナの脅威はかなり軽減されます」

――米国勢の動きが速い理由はどこにあるのでしょう。

「国防が関係しています。米国はバイオテロ対策のプログラムを持っており、その中でワクチン開発をしてきたモデルナやイノビオといった企業が台頭しています。今回も資金を供給しているのは軍。ロシアも中国も、軍事的な資金がワクチン開発を後押ししています。その意味では、日本の動きが鈍いのも仕方ない。ただ、国内で臨床試験に入っているのが我々だけというのは、ちょっと残念なようには思います」

■ワクチンは戦略物資

――アンジェスはなぜ、ワクチン開発に早期から乗り出したのでしょうか。

「当社はDNAワクチンの核となるプラスミドの技術を長年研究してきました。19年には遺伝子治療薬の『コラテジェン』を日本で初めて出し、この分野で有数のノウハウとデータを持っています。オーストラリアで高血圧に対するDNAワクチンを開発するなど、ワクチン研究も進めてきました。パンデミックに関しては、提携先の米バイカルが、米軍のプログラムで鳥インフルエンザやエボラ出血熱、炭疽(たんそ)菌などの研究に関わってきました。これらの要素が合わさったので、迅速に対応することができました」

――政府は米ファイザーや英アストラゼネカからワクチンの供給を受けることで合意しました。日本企業としてワクチンを開発する意義はどこにありますか。

「今回はたまたま大量生産のメドがついたのですが、そうでなければ、自国優先になるところでした。ファイザーは今も米国が最優先というスタンスを保っています。開発や製造が軌道に乗らず、ワクチンが手に入らないとなると、経済にとって死活問題です」

「そういう意味で、ワクチンは戦略物資です。ロシアが早期に承認した背景には、旧ソ連圏の国々の存在があるとされます。自国の勢力圏を維持するための安全保障の一環というわけです。中国もアフリカを押さえるためにはワクチンを持っている必要があります」

「アストラゼネカと日本の供給契約を見てもらうとわかるのですが、副作用が出ても会社は責任を負わず、日本国政府が責任を負うことになっています。臨床試験もパスさせろと言ってきたとも報道されています。効果は関係なくとにかく買え、そうでないなら売ってやらないということでしょう。これではまともな交渉にはなりません。自分で切れるカードを持っているかどうかが、大きく立場を変えます。ワクチンを自国で作れない国は悲惨ですよ」

■実は足らない意外なモノ

――アンジェスのワクチン開発はどのような状況でしょうか。

「6月30日から臨床試験を始め、10月からは大規模な試験に入ります。今のところ、来年春の実用化を目指しています。大規模試験は500人くらいを想定していますが、人数は増えるかもしれません」

――100万人としているワクチンの生産規模は増やせないのでしょうか。

「製造にかかる費用を手当てする必要はありますが、今の生産能力をフル活用すれば1000万人規模まで対応できます。タカラバイオの他、AGCやカネカなどとも連携していますので。設備投資は必要ですが、来年夏以降、1億人超まで伸ばせる可能性があります」

――1億人規模とするにはどれくらいの投資が必要ですか。

「さらに200億~300億円くらいですね。国の支援が必要です」

――ワクチン市場は急拡大が見込まれています。日本企業の参入が控えめに映るのはなぜなのでしょうか。

「日本ではワクチンはもうからないというのが定説です。だから製造する会社は多いのですが、開発する会社はほぼない。コロナ以前、国内で感染症がはやり、まん延することを想定するのは困難でしたから。グローバルでは、確かに市場は拡大傾向にあります。ただ、主戦場は発展途上国です。『ワクチンシンジケート』のような仲間内のぶん取り合戦の市場で、今回はアストラゼネカなど新顔が入っていますが、頑張っているのは英国やフランスなど旧宗主国の面々です。歴史的な経緯があり、日本勢が食い込むのは難しいのが実情です」

――難しい世界ですね。今後、ワクチンが供給段階に移る中で、障害となりそうなことはありますか。

「意外かもしれませんが、ワクチンを入れるガラスのボトルが全く足りていません。数が少なく、価格が高騰しています。マイナス70度の超低温冷凍庫も市場から消えています。ワクチンの製造量が、数十億回分になっているので、いろいろなところで買い占めが起こり、品不足になり、奪い合いになっています。こういったことは地味ですが、今後、響いてくるかもしれませんね」

(日経ビジネス 北西厚一)

[日経ビジネス電子版2020年8月21日の記事を再構成]

日経ビジネス電子版セット

週刊経済誌「日経ビジネス」の記事がスマートフォン、タブレット、パソコンで利用できます。雑誌発行日の前週の水曜日から順次記事を公開。日経電子版とセットで月額650円OFFです。

保存
共有
印刷
その他

日経BPの関連記事

関連企業・業界 日経会社情報DIGITAL

電子版トップ



[PR]