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ANAやJAL、コロナ禍で資本の「安全運転」必要に

グロービス経営大学院教授が「運転資本」で解説

ANAホールディングス(HD)と日本航空(JAL)が未曽有の新型コロナショックに直面しています。移動需要の急減で世界中の航空会社が存亡の瀬戸際にあり、タイ国際航空やオーストラリアのヴァージン・オーストラリアも経営破綻に追い込まれています。企業が経営に行き詰まらないよう、不確実性の高い環境ではどれほどの資金が必要なのか、グロービス経営大学院の斎藤忠久教授が「運転資本」の観点から解説します。

【解説ポイント】
・運転資本は業種により必要な規模が異なる
・損益分岐点が高いと有事の経営は厳しい
・航空各社は当面の資金確保が急務
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運転資本は事業を円滑に回す

企業は赤字でも資金が続く限り倒産しませんが、資金が枯渇して債務を支払えなくなると破綻します。このような事態を回避し、事業を円滑に回すために企業は手元に資金を確保しています。

一般的に企業は物品・サービスを販売して代金を回収します。通常の場合、その前に物品やサービスの原材料や元手を購入した代金を支払わなくてはいけません。また、販売機会を失わないよう一定の在庫を持ち、円滑な資金決済のために一定量の現預金を手元に置いておく必要があります。

こうした営業活動に伴う債権や債務にかかわる受け払いのタイミングのずれによる資金の不足額、そして手元に置いておく現預金、これらの総額を「運転資本(ワーキングキャピタル、WC)」と呼びます。

運転資本は、売り上げ規模が拡大するにつれて増えていきます。必要な運転資本の額については売上高に対する比率が重要になり、この比率は業態によってある程度決まってきます。

運転資本の中で大きな割合を占めるのは「売掛金」「在庫」そして「買掛金」で、狭い意味での運転資本額は「売掛金+在庫-買掛金」となります。飲食店のような形態であれば、売り上げの多くは現金決済なので売掛金はほとんどありません。在庫も当面の営業に必要な食品や飲料と限られます。原材料の購入、家賃・水道光熱費といった支払いにかかる買掛金・未払い金はある程度発生します。この結果、差し引きの運転資本額はゼロに近くなります。

製造業、特に法人取引が多いB2B事業の場合、売掛金回収までの月数は長く、在庫も相当量を保有しなくてはいけません。運転資本は売上高の30~40%程度と多額になるケースが多いのです。消費者向けのB2C事業の企業では、この中間となります。

さらに日々の資金決済に備え、一定量の現預金も必要です。どの程度の現預金が必要かは、債権・債務の支払い方法によります。日本企業の場合、月末に資金を回収し、月末に銀行振込などで資金を払うのが通常です。

万が一、月末に多額の資金回収が不能になった場合でも債務を支払えるようにするため、売上高の1か月分程度を資金決済用の現預金として手元に置いておくことが多いのです。

有事を乗り切るカギに

ただし、これは平常時で事業が円滑に回っている時の話です。新型コロナのように外部環境の大きな変化で売上高が急に減った場合、航空会社のように固定費が多い企業では、売上高に連動して減る費用(変動費といいます)が少なく、手元資金は早く底をつく傾向があります。

例えば、飲食店では先述したように運転資本がゼロに近く、日々の決済のための手元現預金も釣り銭程度になるため、手元資金をあまり保有していないケースが大半です。そこで売上高が半減した場合、材料費を中心とする売上原価はほぼ半減しますが、販売管理費は家賃や人件費といった固定費が多く、あまり減少しません。結果、大幅な赤字で資金が流出。資金繰りが厳しくなり、債務不履行や廃業に追い込まれやすいのです。

このように、売上高が急減した場合の赤字額や資金流出額の大きさは、固定費の大きさに依存します。売上高が減少した際に損益が赤字になるかどうかを計る指標として「損益分岐点比率」があります。売上高から変動費を差し引いた値で、固定費を割ると算出できます。

損益分岐点が高いと、少し売上高が下がると赤字になりやすいわけです。航空大手は、経費の多くが人件費や機材のリース料といった固定費なので損益分岐点比率が高く、売上高が激減すると大幅な赤字になりがちです。

ただ、ANAやJALは従来から比較的多額の現預金(月次売上高のおおむね2~3か月分)を保有しているとみられ、1か月分程度しか持っていない海外の航空会社に比べると減収に対する耐性は高かったといえるでしょう。

JALは過去の経営破綻の教訓から機材のリース依存度を引き下げ、経営体制の効率化やスリム化でも固定費を抑えてきたために、資金繰りは厳しいもののANAに比べると余裕があるようです。

保有機材のリース機率は20年3月末時点で、JALが10%、ANAは31%と差がついています。固定費削減のために両社とも大幅な減便を実施していますが、減便をしても一定の人件費やリース料の支払いは続きます。リース機材比率の低さは、新型コロナ下での資金繰りでは大きな支えとなります。JALでは、国内線の需要が8割水準に回復すれば全社的に黒字になるといいます。

手元資金の確保に奔走

新型コロナ禍の収束が見通せず、減便などで売上高の減少が長期に続く見込みとなり、航空各社は手元資金の調達へ奔走しています。

ANAは6月までに日本政策投資銀行やメガバンクから借入金や融資枠の設定などで約1兆円の資金を確保したとしていましたが、8月には資本性のある借入金である劣後ローンで4000億~5000億円の調達を計画しているといいます。

背景には、財務の安全性を示す指標「自己資本比率」が20年3月期末の41.4%から6月末に33.9%まで下がったことから、劣後ローンによって財務基盤を改善し、借り入れ余力も高めようとしているわけです。

一方のJALは6月末までに借入金で5000億円を調達し、今後6カ月から1年の資金繰りにめどを付けたといいます。追加資金が必要な場合は劣後ローンのような選択肢も考えていかざるを得ないとしながら、自己資本比率は6月末時点で45.9%と比較的余裕があります。

不確実性の時代に備えを

運転資本は企業にとっての潤滑油であり、自動車のエンジンオイルと同じように、常に状態を注視しておくことがポイントになります。

経済のグローバル化による地政学リスク、気候変動による自然災害、技術革新の加速などで企業経営を取り巻く環境では不確実性が以前より大きく高まっています。このような環境下で経営のかじ取りをしていくには、環境の変化が自社にどのような影響を与えるのかを分析して、数字でみえるようにする、そして早めに対策を打っていくことが、企業価値を守り、事業を存続していくうえでとても重要なのです。

さいとう・ただひさ
グロービス経営大学院教授。銀行からコンサルティングファームに出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。その後、音響機器メーカーの取締役CFOそして米国持ち株子会社の副社長兼CFO、米国通信系ベンチャーの日本法人代表取締役社長、エンターテインメント系ベンチャーの専務取締役、東証1部上場モバイル向けコンテンツ配信企業の取締役兼執行役員専務CFOを歴任。

「運転資本」(ワーキング・キャピタル)についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/3b27d104(「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

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