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ナイツ・テイルと帝劇 ミュージカルの力(井上芳雄)

第75回

井上芳雄です。8月はミュージカルの曲をコンサート形式で歌う舞台が続いています。東京芸術劇場と東京オペラシティでの『ミュージカル「ナイツ・テイル」in シンフォニックコンサート』と帝国劇場での『THE MUSICAL CONCERT at IMPERIAL THEATRE』(以下、帝劇ミュージカル・コンサート)です。ようやく舞台が再開した今、劇場が音に包まれる喜びや高揚感を感じながら、あらためてミュージカルや音楽の力をかみしめています。

『ミュージカル「ナイツ・テイル」in シンフォニックコンサート』(東京芸術劇場:8月10~13日/東京オペラシティ:8月18~22日)キャスト:堂本光一、井上芳雄、音月桂、上白石萌音、岸祐二、大澄賢也、島田歌穂 写真提供/東宝演劇部

2つの公演はもともと今年の夏に予定されていました。でもコロナ禍で実現するかどうか分からなかったし、配信だけになる可能性もありました。そんななかで奇跡的に2つとも幕を開けられて、ありがたい限りです。一方で新型コロナウイルスの感染者が増え、演劇公演の中止も起こっているので、「いつどうなっても、動じないように」と覚悟しながらの毎日です。

『ミュージカル「ナイツ・テイル」in シンフォニックコンサート』は、2018年に初演して、来年再演を予定しているミュージカル『ナイツ・テイル-騎士物語-』のコンサート版。東京フィルハーモニー交響楽団の演奏をバックに、初演の主要キャスト7人が劇中の歌を歌いました。舞台には、僕たち、東京フィル、和楽器と普通のバンド、コーラスの方々と、けっこうな人数がいたのですが、それぞれ間隔を空けたりアクリル板で仕切ったりして、飛沫防止を徹底しました。全員がPCR検査を受けて陰性を確認し、舞台裏には検査を受けた人しか出入りできません。感染防止に細心の注意を払っていましたが、それでも最後まで何があるか分からないと皆思っていたので、初日に幕が開いたときは感無量でした。

僕は7月に日比谷シアタークリエで『SHOW-ISMS』の公演を経験していたので、お客さまがいる光景をすでに見ていましたが、東京芸術劇場の大ホールで、客席の半分とはいえ大勢のお客さまの前に立つのは、中劇場のクリエとは違った緊張感がありました。そしてオーケストラが奏でる音に包まれたとき、涙がにじんでしまいました。実際に会場にいて、その瞬間に演奏しているからこそ、音に包まれながら歌える。今それができるのは、本当にぜいたくなことだし、生音の豊かさはリモートでは味わえないものでした。

ミュージカルのコンサート版というと、ただ歌をつないでいったり、ストーリーテラーが話を進めたりする形式が多いと思います。ところが今回、演出のジョン・ケアードが書いた脚本は、7人がずっと舞台にいて、出番が来ると前に出て、セリフを交えながら物語を語って、それぞれの曲を歌うというもの。衣裳やセットがないだけで、ほとんどそのまま劇中のセリフを言うし、ディスタンスを取りながらではあるけど、動きや振りもある。2時間休憩なしのノンストップで舞台に居続けるのは集中力が必要で、けっこうハードな舞台でした。ジョンは「台本を持って、読んでもいいよ」と言ってくれましたが、何かを持って演じるのもやりにくいので、最終的には全員がセリフを覚えました。

堂本光一君とのセリフのやりとりが、途中でフリートークに変わる場面もあります。導入と終わりは脚本通りで、途中のトークは任されました。「2人ならいくらでもしゃべれるよね」という感じなので、打ち合わせなしで毎回違うネタを話しました。光一君がきっかけをくれて、僕がそれに合わせます。今の気持ちとか、今日はどんなだったとか、光一君と僕のことだけじゃなく、岸祐二さんや上白石萌音ちゃんをいじったりとか。みんな仲がいいので、やれることがたくさんあって楽しい時間でした。

演出のジョンはロンドン、音楽監督のブラッド・ハークはニューヨークなので、稽古はリモートでした。稽古場に大画面のモニターが置かれ、ジョン、ブラッド、キャスト、舞台で使う映像などが分割されて、全部見られるようになっていました。ジョンの奥様で日本語脚本・歌詞の今井麻緒子さんが通訳として稽古場に入り、ブラッドの通訳さんもいます。すごく手間がかかっていたのですが、始まってしまえば、ジョンは稽古場の端までちゃんと見てくれて、「内側に2歩入ってください」とか「このセリフはこう言ってください」と普通に演出していました。リモートでも問題なく稽古できるなと思いました。

ブラッドも「ベースの人の3拍目をもっと強くしてください」とか、細かいリクエストを出してましたね。和楽器とバンドは稽古の最初から入っていて、オーケストラが加わった稽古も何日かありました。リモート稽古ができたのは、一度公演していた作品というのと、お互いの信頼関係が大きいとは思いますが、海外からのスタッフが来日できて一緒に創ったとしても、それほど変わらない形になったのではないかと思います。

ジョンは「物語を伝えたい」と言っていました。コンサートだから音楽を楽しんでもらうのはもちろんだけど、物語の中の音楽なので、それをしっかり伝えるようにと。そして、キャスト自身が「楽しんでほしい」とも。コンサートは、歌っている役柄と本人が入れ替わったり、透けて見えたりするのが面白いところだから、「自由にやっていいよ」と。ジョンは役者が生き生きと演じているのが好きだと思うので、僕も率先して思いついたことや前の日と違うことをやってみたりしました。ジョンがもうひとつ強調していたのは、「お客さまが、今の状況のなかでも来てくださったからこそ成立することだから、感謝をしっかり伝えてほしい」ということ。それは僕も同感でした。

新曲も披露しました。光一君のアーサイトが歌う『贈り物』、僕のパラモンが歌う『悔やむ男』、ラストに全員で歌った『次は?』の3曲です。『悔やむ男』はパラモンが萌音ちゃん演じるフラビーナへの思いを歌う曲。初演のときの『後ろめたい男』がもっと長い曲になったもので、彼が何に苦しんでいるかがより伝わるようになったと思います。

『次は?』はラストに全員で歌った新曲。最後は「♪さあ、描いて」と、オープニング曲で歌ったフレーズをリフレインして、"生けるものすべての名誉ある結末をみんなで描こう"というメッセージを伝えます。お客さまに呼びかけるという歌唱スタイルもよかったので、初日に歌ったとき、僕はすごく感動していました。やっぱり、僕らは想像したいんですよね。実際には目の前に何もないけど、いろんな世界やいろんな未来を想像して、自分たちの人生を豊かにしたいという仕事だから。家の中で独りでも想像はできるけど、大勢の人と同じ時と空間を共有して、みんなで一緒に考えるって、なんてすてきなことだろう。英語で「just imagine」という歌詞が、日本語だと「さあ、描いて」。みんなで描ける、想像できる時間がやっと劇場に戻ってきたと思うと、歌いながら胸がいっぱいになりました。

東宝ミュージカルの祭典でMCの大役

『帝劇ミュージカル・コンサート』は「東宝ミュージカルの歴史を辿(だど)り、未来に繋(つな)げるプレミアムな祭典」と銘打たれたコンサートです。ProgramA(8月14~17日)・B(8月19~22日)・C(8月23~25日)と3つの期間に分かれて、それぞれ異なるたくさんのキャストが出演します。僕はProgramAとCのMCを務め、曲も歌います。曲目はProgramによって違っていて、固定の曲は全部の半分くらいかな。同じ曲だけど歌手が変わる日もあります。

『THE MUSICAL CONCERT at IMPERIAL THEATRE』(帝国劇場/ProgramA:8月14~17日/ProgramB:8月19~22日/ProgramC:8月23~25日) 8月14日の初日舞台。MC:井上芳雄、キャスト:朝夏まなと、生田絵梨花、一路真輝、今井清隆、和音美桜、加藤和樹、城田優、瀬奈じゅん、田代万里生、新妻聖子、花總まり、古川雄大、森公美子 写真提供/東宝演劇部

初日の曲目は、オープニングが「レビュー THE IMPERIAL」。最初の国産ミュージカルといわれる1951年の帝劇ミュージカルス第1回公演『モルガンお雪』からのナンバーなどをレビュー仕立てで歌いました。そして63年の『マイ・フェア・レディ』から始まる日本のブロードウェイ・ミュージカル黎明(れいめい)期から87年の『レ・ミゼラブル』に至るまでの東宝が上演してきた名作ミュージカル、『ミス・サイゴン』など1990年代にウエストエンドを中心に花開いたグランド・ミュージカル、2000年の『エリザベート』から始まるウィーン・ミュージカルと、『レディ・ベス』など帝劇発オリジナル・ミュージカルのナンバーを全部で30曲以上、キャストたちが次々と歌い上げました。曲の合間のトークコーナーでは、皆さんが帝劇の思い出を語ってくれました。まさに、東宝ミュージカルの俳優たちのお祭りです。

もともとはオリンピックの時期に合わせて、大勢の人たちが東京に来るなかで、帝劇が培ってきたものを、外国の方に向けても発信したいという思いで企画されたものでした。ところが結果は全然違って、東宝ミュージカルに縁のある俳優たちが集まり、ミュージカルの素晴らしさと、これからも歩みを進めていくという希望を歌い上げるコンサートになりました。これが劇場再開後の初舞台というキャストの方々もたくさんいますし、裏のスタッフも久しぶりに劇場に戻って来られた方々ばかりです。本当に感慨深く、意義のある公演になりました。

僕は『ナイツ・テイル』コンサートがあったので、稽古は途中からの参加でしたが、MCとあって責任は重大。スケジュールはタイトでしたが、帝劇にもミュージカルにも愛着があるし、この時期に盛大なコンサートができるのも本当にうれしいことなので、俳優生活の20年間で培ったノウハウを引き出しに詰め込んで臨んだ感じです。キャストは先輩も後輩も顔見知りなのでやりやすいし、年齢は僕がちょうど真ん中くらいなのでバランスもよいのかな。MCの大役を任せていただいて、ありがたいことです。

ミュージカルマニアの僕から見ても、見どころの多いコンサートです。オープニングの『モルガンお雪』あたりの曲は、ほとんど誰も聴いたことがないのでは。企画の打ち合わせのとき、例えば初期の国産ミュージカルの曲を歌ってみてはどうかと提案したのですが、調べたところ譜面も残っていなくて、『モルガンお雪』に主演された越路吹雪さんの事務所にテープだけがあったそうです。そこから譜面を起こして、演出の小林香さんがレビュー風にアレンジされた曲を公演で歌いました。だから、どういうシチュエーションかもよく分からないで歌っているのですが、当時の空気は感じてもらえると思います。

やっぱり今があるのは、過去の積み重ね。東宝ミュージカルがどんな変遷をたどって今に至ったかの歴史を知るのは大事なことだと思うので、今回それができてよかった。ちなみに演出の小林さんは女性ですが、長い帝劇の歴史で女性がコンサートを演出するのは今回が初めてだそうです。それもまた意義のあることだと思います。

名作のナンバーがどんどん出てくるのも、ミュージカル好きにはこたえられないでしょう。当時の舞台写真が映像で映るので、昔から知っている人は懐かしかったり、新しいファンの方は「これが伝説の何々という曲か」と知る楽しみ方もできたりするでしょう。僕があらためて感じたのは、あまたある東宝ミュージカルの名作の中でも『レ・ミゼラブル』と『エリザベート』は別格だということ。劇中から2曲歌われるのはこの2作だけで、それぞれいまだに上演されています。愛され続けている作品ですね。

僕の帝劇の思い出は現在進行形

ミュージカル俳優同士が集まって、帝劇や東宝ミュージカルについて語る機会も、実はあまりなかったと思います。そういう意味でも一つの節目となりました。僕にとっての帝劇は、ホームグラウンドで、帰ってきたら落ち着く実家みたいな感じでしょうか。オーディションで最初に行ったのが帝劇の9階、初めて宣材写真を撮ったのは帝劇の地下4階、演出家にすごいダメ出しをされてトイレから出てきたくなくなったのも帝劇だし、初めて主役を任されたのも帝劇。思い出だらけですが、まだ現在進行形なので、感傷や感慨に浸るよりも「また帰って来られてうれしい」というのが正直な思い。思い出といってもぴんとこないし、MCとして皆さんの思い出話を聞いている方が楽しいですね。

帝劇は、昔から「舞台の神様がいる」といわれていて、たしかに舞台の神様が何とかしてくれるだろうと信じられる場所です。大きな劇場なので、最初に出るときは誰でも緊張して萎縮するのですが、舞台に立つと意外と客席から見るほど大きくないし、客席に包まれるような安心感があります。お客さまも楽しみに来てくださっているので演者の味方というか、見守ってくださる。自分を肯定してもらえるし、世の中を肯定できる空間がそこにある、という気持ちになれる劇場です。同時に、歴史も格式もあるので、舞台に立つことに責任も感じます。特に真ん中は。だから今回のMCも、帝劇の格から逸脱はしたくないし、でもあまり堅苦しすぎてもいけないし、トークは楽しくしたいし、とバランスをすごく考えながら取り組んでいます。

客席はキャパシティの半分ですが、回によってはライブ映像配信をしているので、実際はもっと多くのお客さまに楽しんでいただけています。これも劇場の新しいあり方へのトライです。演劇界にとって、今はまず興行を成立させることが大きな課題。客席が半分の状態が長く続く可能性もあるし、そのなかで自分たちの仕事場を守っていける方法を考えないといけない。その一つが配信だとすれば、ミュージカルというジャンルは、音楽も楽しんでもらえるし、距離も取りながらできる。あらためて強みや素晴らしさを感じました。

舞台の袖で見ていて思ったのは、ミュージカルにはすごい力があるということ。音やリズムに包まれる喜びに浸れる、すてきなナンバーが次々と出てきます。バラードでしんみりとした曲とノリノリの曲が交互に出てきて、おなかがいっぱいになるほど。でも僕は、そのエネルギーを浴びて、うれしくてしようがありませんでした。帝劇という大きな空間で、声が大きくて、歌のうまい人たちが、オーケストラの演奏をバックに、パワー全開で歌いまくる。この祝祭感や高揚感はミュージカルでしか味わえないもので、きっと配信でも伝わっているはずです。ミュージカルで歌えば、どんな悲しい曲でも、歌っていること自体が一歩踏み出すことになる。みんなで歌うことが、前に進もうというメッセージなんだ。そんな、自分が愛してきたミュージカルの力を実感して、とても幸せな気持ちでした。

井上芳雄
 1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第76回は2020年9月5日(土)の予定です。

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