嵐知らせる政府債務の内訳(平山賢一)
東京海上アセットマネジメント執行役員運用本部長

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2020/8/21 2:00
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2018年にかけて日本の基礎的財政収支(税収・税外収入と国債費を除く歳出との収支)は税収増などで改善してきました。しかし今後はコロナ禍での不可欠な歳出拡大で大幅に悪化すると想定されています。日本だけではなく、世界中の政府が危機脱出のため債務を膨らませる状況は、戦時のようだとの声も聞こえます。果たして戦時に政府は資金をどう調達していたのでしょうか。この点について政府債務拡大と国債投資の観点から考えてみます。

戦時期の日本は国債の大量発行を背景に経済規模の2倍程度まで政府債務が拡大し、債務大国になりました。しかし巨額の国債を誰が買ったのでしょうか。借金漬けの友人に好んでお金を貸す民間人はいません。累増する戦時期の国債の保有シェアを拡大させたのは日本銀行ではなく、金融機関と政府でした。金融機関については、いったん日銀が引き受けた国債を金融機関に売却する仕組みが働いていたからで、現代の日銀が丸抱えして国債残高の半分を保有するのとは全く異なります。

もう一つの政府というのは、発行した国債を政府が再度購入するとイメージすると訳が分からなくなりますが、その正体は旧大蔵省預金部(財政投融資制度下の資金運用部の前身)です。戦時の国民貯蓄運動は郵便局を介しての貯金または日本勧業銀行を介しての報国債券等として預金部に吸収され、その資金が国債に投資されたのです。直接的に金融機関が国債を保有するだけではなく、預金部を介して間接的に家計が国債を保有したわけです。

ところで1944年以降、公定価格は緩やかなインフレでしたが、実勢価格(闇物価)は急騰します。終戦までの2年弱で闇物価は約10倍になったといわれています。3.7%弱の利回りで大東亜戦争国庫債券に投資していた預金部や金融機関は、その資金を調達する際の金利が国債利回りより低ければ利ざやを得られたはずです。一方、家計の金融資産の多くを占める郵便貯金の金利は44年に3%を下回り、物価急騰に及びませんでした。日々の生活必需品を買わざるを得ない家計にとって、国債や預貯金で保有した金融資産は購買力が時間とともに減価したのです。

しかしこの状況も変化します。太平洋戦争が始まった翌年度の42年度に政府債務残高に占める内国債(日本国債のうち円貨建債)の比率は95%弱でピークアウトし、日銀からの一時借入金(政府一時貸上金)や民間企業からの政府特殊借入金(政府が支払うべき補償金や買収代金の全部または一部)など借入金の比率が急速に高まったのです。郵便局や金融機関を介して小口で国債(または報国債券・貯蓄債券等)を販売するようになったことで国債に関する事務が煩雑になり、より簡便な資金調達手段を政府が求めるようになったからといわれています。

債券発行による資金調達はより広範囲に資金を集められる利点がある代わりに発行、引き受け、流通、償還など煩雑な手続きが必要です。一方、貸し出し(借り入れ)は一対一で簡便に資金調達が可能です。戦時末期には戦費急増による政府資金調達ペースが加速したため債券発行が限界に達し、借入金による資金調達へシフトが進んだのです。政府債務の増大化の究極の姿が国債という債券発行の手間を省く「借入金シフト」という安直な道への扉を開いたのです。重要な点は終戦により社会全体がショックに見舞われる前に政府の資金調達の在り方が変化し始めていたことです。つまりショックが発生しないからといって安閑としている間に終末はひたひたと近づいているという点は注意すべきでしょう。

興味深いことに日清戦争後に95%弱まで拡大した政府債務における内国債比率は、日露戦争を経て第1次世界大戦にかけて急低下し、外国債中心の資金調達構造に変化しました。その後42年度末に95%まで回復したものの、借入金比率が増大し、戦後の資金調達構造は短期債中心に転じました。そして60年代後半以降は国債発行が累増し、国債による調達比率は2019年度末に90%弱まで高まっています。

国債中心の政府資金調達構造の持続可能性については、歴史の循環を前提にすると疑問が残ります。政府の資金調達構造は時代の状況とともに大きく変転を繰り返しているため、現状が維持されると考えておくべきではないでしょう。外貨建て日本国債の発行、短期国債発行へのシフト、または政府借入金の増大などの選択肢が考えられます。そうした転換の後に社会的ショックが時間差を伴って訪れることも頭の片隅に置いておきたいものです。

プロのポートフォリオは運用に精通したプロが独自の視点で個人投資家に語りかけるコラムです。
平山賢一(ひらやま・けんいち)
1966年生まれ。横浜市大

商卒、埼玉大大学院修了。博士(経済学)。学習院女子大・東洋大非常勤講師。30年にわたり内外株式や債券を運用。著書に「戦前・戦時期の金融市場」。

[日経ヴェリタス2020年8月23日付]

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