「小4なりすまし事件」大炎上6年、いまSNSに思う
「Tehu」こと張惺さんに聞く(上)

灘校時代に「中学生アプリ開発者」「スーパーIT高校生」として多くのメディアに登場し、その言動は常に注目を浴びたが、大学1年のときに友人と起こした「小4なりすまし事件」で表舞台から姿を消した。「Tehu(てふ)」こと張惺(ちょう・さとる)さん(25)。7月に出版した「『バズりたい』をやめてみた。」(CCCメディアハウス)で過去と現在の心境を明かした彼へのインタビュー。前編では新著発行の経緯や、SNS(交流サイト)の世界を今どうみているのか聞いた。
終止符を打てていなかった
――2014年秋、小学4年生になりすまして「なぜ衆院解散の必要があるのか」と世に問うたインターネットサイトが「大炎上」しました。多くの批判にさらされ、表立った発信もなくなりましたが、どうして今のタイミングで本を出したのですか。
「終止符を打ててなかったと思うんです。自分はもう『Tehu』じゃない、別人格です、ということはずっと言っていましたが、僕としてはきちんと明確に『はい、終わりです』と公には言葉にしていなかった。ゴールデンウイークに、そのスピーチの原稿のつもりで書き始めたら止まらなくなりました」
――出版までの経緯は。
「2019年の夏ごろから自分を振り返る機会があったんです。(リーダー育成研修を手掛ける)チームボックス(東京・港)の仕事に取り組みながらずっと『承認欲求』について考えていたのですが、よく考えると一番の観察対象は自分だと気づいて。発信しては『バズる=ネット上で大きな話題になる』ことを求めていた過去を思い起こすと、全部が承認欲求で説明がついてしまう。ウェブメディアの編集者にそんな話をしたら『面白い』と記事にしてくれて、それを見た出版社が本を書きませんか、と。それが12月ごろです」
「最初、本はちょっと大変そうだな、と。しゃべるのは大好きなんですが、長文を書くのは苦手で、『内容が膨らんだら連絡します』と放置していたんです。そこに新型コロナウイルスの問題が起きて少し時間ができ、自分自身でも思考を説明可能な状態に整理したいと思ったんです」
――チームボックス代表の中竹竜二氏は、高校生の張さんに初めて会った時、強気な「Tehu」のイメージと全く違ったと話しています。当時をどう振り返っていますか。
「発信に固執する自分がいました。本当に言いたかったというより、僕が言わなきゃ誰が言うといった変な義憤とか、これ言うとリツイートされるだろうなとか、そういうことに縛られていたと思います」
「言葉にしていると、それが思考になっていくんですね。人間が一番頭を使うのは何かを言葉に変換するプロセスです。思考が言葉になるのと同時に言葉が思考になる、このループは止まらない。本来の自分からどんどん乖離(かいり)して、元の自分の思考を忘れていく、そんな感じでした」
――SNS上の誹謗(ひぼう)中傷をどうみていますか。傷ついた女性プロレスラーが亡くなる問題も起きました。
「ちょうどこの本をほぼ書き終えたころにそのニュースが飛び込んできて、エピローグを書き直しました。世の中には著名人ほどの規模はなくても、本当に小さな数百人、数十人の規模でも、(SNSなどを通じて)外に出す自分と、本当の自分のギャップに悩んでいる人がいるんじゃないか、と」
「今のSNSは、利用者が自分の存在価値を、リツイートとか『ふぁぼ(いいね!)』で評価するしかけが巧みになっています。僕はその数字や書き込みを見ても、それが自分自身を示すというより、自分の作ったものや語っていることへの反響だという認識で耐えることができましたが、もし何百万もの人々が視聴しているリアリティー番組への出演で誹謗中傷にあったとき、同じように耐えられるのかどうか、正直わかりません」
――どうすれば自分を追い込まずにいられるでしょうか。

「SNSで炎上し、たくさんの反応が来ると、世の中みんなが自分をたたいているように錯覚してしまいます。理性はどこかに飛んでしまい、恐怖に支配されてしまう。誰でもそうなります。自分の経験でいうと、そんなときはスマホを閉じて街に出るだけで、感覚が絶対に変わるし、フォロワーの外側に目を向ける機会にもなるように思います。もし周囲に巻き込まれ、苦しんでいる人がいたなら、君の価値はそこじゃないんだよ、という当たり前のことを伝えるしかない」
「対面に勝るコミュニケーションはないとも思っています。関係を崩したくない相手とLINE(ライン)でトラブルがあったら、いったんそのやり取りをやめて会う。目的はあくまでコミュニケーションで、SNSは手段にすぎないのですから」
自分で考え、決める力が奪われる
――今のご自身の視点で、SNSとはどんなものだととらえていますか。
「僕らやもっと下の世代にとって『なぜSNSを使うのか』という質問は『なぜ人間はしゃべるのか』『なぜ学校に行くのか』と同じようなものです。この世代の特徴のひとつは、(不特定多数が受発信できる)ツイッターと(知り合いがやりとりする)LINEで区別がない、つまり、パブリックとプライベートの境界があいまいになっていることだと思います。さらに言うと、自分と他人との境界線すらなくなるというか、自分の考えていることの全部が外に漏れ出て、逆に他人の考えも何のフィルターもなく自分の頭に入ってくる。『自分で考え、自分で決める』人間の思考力が奪われているように感じています」
「SNSでは誰もが攻撃する側にもされる側にもなり得ます。(誹謗中傷の線引きが難しく)利用を制限したり機能を変えたりするだけで解決するものではないでしょう。便利なものが生まれると、それによって何かしらマイナスが生じるトレードオフの問題にどう対応するのか。これは哲学や優先順位の置き方で答えが違います。世の中のほとんどの物事には決まった答えがなく、それでも考え続けるのが一番大事なんだということを、例えば公教育でもきちんと学ぶことが現状をよくする1つのカギかもしれません」
――多くのフォロワーを抱えていた自分を捨てるのは簡単ではなかったのでは。
「元の自分に戻ったという表現が正しいのかもしれません。今でも自己承認欲求というのはすごくありますが、それを世間に向けず、仕事のチームや友人ら身近なところに振って解消できている。これまでの10年の自分と違うという気がしています」
「『Tehu』という人格も、僕の中で否定はしていないんです。何というか、卒業。本も出したし、秋ぐらいに『お焚(た)き上げ』をやろうと思っていて。『ありがとうTehu』みたいなセレモニーをして、供養したいと思っています。決して存在を否定するとか、なかったことにするわけではなく、過去にこういうのがありましたけど、それをいったん違う世界にお送りして、僕は新しくなりますよ、そういう意味合いです」
(聞き手はライター 高橋恵里)
1995年、兵庫県生まれ。灘中学校に入学後にプログラミングを独学し、中3のときにiphoneアプリを開発して注目された。「Tehu(てふ)」のハンドルネームで活動し、「AERA」(朝日新聞出版)の「日本を突破する100人」や「東洋経済オンライン」の「新世代リーダー50人」にも選ばれた。2014年に慶応義塾大学環境情報学部に入学し、休学を経て20年に卒業。現在はチームボックスCCO(チーフ・クリエーティブ・オフィサー)などを務め、コミュニケーションに関わるサービス開発を中心に取り組んでいる。
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