淡島(東京・世田谷)都会の隠れ家、消えゆく名店

ひと・まち探訪
コラム(社会・くらし)
2020/8/22 11:00
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日が暮れると淡島通り沿いの店々に明かりがともっていく

日が暮れると淡島通り沿いの店々に明かりがともっていく

新型コロナウイルスで外出を控えているうちに、いつでも行けると思っていた店が閉じていることがある。東京都世田谷区の淡島にあった小料理屋「のき乃」が4月に閉店していた。行くとママが素朴な手料理を出してくれたが、知らないうちに30年の歴史に幕を下ろしていた。

周辺の地名は代沢で、通りや交差点に残る淡島の名は徳川家ゆかりの森巌寺にある「淡島堂」にちなむ。森鴎外の長女、森茉莉や首相時代の佐藤栄作が居を構えたことでも知られる。落ち着いた住宅街に居心地のいい店が点在している。

交通アクセスの悪さは逆に「隠れ家」としての魅力だった。京王井の頭線の池ノ上駅を降りて10分ほど。渋谷から車で出たほうが早い。バブルの時代、外車が通りに列をなし、着飾った男女が押し寄せたという。

目当ては淡島通り沿いの名店「ドマーニ」。1966年の開店当時からオープンキッチンを採用し、タラコとジャガイモのディップ「タラモサラダ」や魚介のチリソース煮「セウタ」などの人気メニューで地中海料理というジャンルを開拓した。代官山「フラッグス」、吉祥寺「ル・ボン・ヴィボン」――。名だたる有名レストランがこの店から巣立っていった。

一世を風靡したドマーニは経営が変わり、やがて淡島から姿を消す。2014年に渋谷で「1966ドマーニ」として復活。19年に淡島から徒歩圏の下北沢に移った。40年来のシェフ、藤井慎一郎さん(59)は「昔のお客さんが来てくれるようになった」と話す。「淡島では新作にもすぐにオーダーが入り、料理人としてやりがいがあった」。プライベートで今も淡島に飲みに通う。

旧ドマーニの向かいで75年からとんかつ店「つるや」を営む磯貝政三さん(71)は「昔は下町の商店街だったが、00年ごろから雰囲気が変わってきた」と振り返る。「自分より古いのは和田薬局さんと電器屋の遠藤さんくらい」。店は一代限りで閉めるつもりだという。

うなぎの「山崎」もカレーの「ゴッホ」もすでにない。だが焼き肉「韓てら」やバー「B&CO」は健在だ。気付いたら隣で著名人が普段着で酒を飲んでいるのもこの辺りでは日常だった。何より今は日常の回復が待ち遠しい。 (山田薫)

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