昭和電工が資産の切り売り開始 武田薬品と同じ道へ

日立化成を1兆円近くかけて買収した昭和電工が、早速、事業の切り売りに着手した。社運をかけた「小が大を飲む買収」の後に待ち受けているのは、「選択と集中」による事業の絞り込みだ。
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対象となっているのは昭和電工が手掛けていたアルミ関連の事業。武田薬品工業がアイルランドの同業、シャイアーを6兆円以上かけて買収し、膨らんだ借金を返すために既存事業をどんどん売却しているのと全く同じ道のりをたどろうとしている。
売却予想金額は300億~400億円程度か
昭和電工はみずほ証券をファイナンシャルアドバイザーとして雇い、アルミ缶事業の売却入札を開始した。
売却対象となっているのは昭和電工の完全子会社で、日本で初めて飲料用アルミ缶の製造を始めた昭和アルミニウム缶(東京・品川)だ。同社は1969年に設立され、ビール系飲料や酎ハイなどのアルコール飲料向けのアルミ缶を作ってきた。ベトナムやタイにも拠点を持ち、東南アジアでも存在感があるのが強みだ。
交渉関係者によると19年12月期の売上高は前年よりも1%少ない472億円。EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)は50億円程度とみられる。売却予想金額は300億~400億円程度という見立てが多い。買収に名乗りを上げそうなのは国内外の事業会社のほか、投資ファンドなどだという。
さらに昭和電工は「高純度アルミ箔を手掛けるアルミ圧延品事業部の売却も検討している」(金融関係者)もようで、アルミ缶事業と合わせればまずは500億円以上の事業売却規模になる計算だ。
買収資金で有利子負債も急増
昭和電工が選択と集中の名のもと、事業売却に着手するのは、日立化成を買収したからにほかならない。巨額買収により、膨らんだのは企業規模だけではなかった。買収資金を用立てたため有利子負債も急増した。結果として6月末の自己資本比率は20%と昨年末の46%の半分以下にまで落ち込んだ。
そのため、非中核事業を分離・売却し、それで得たお金で有利子負債の圧縮を急ぐ考えだ。8月12日の記者会見で昭和電工の森川宏平社長は、非中核事業の売却で今後2000億円を生み出す考えを明らかにしている。
こうした取り組みは、武田とまさにうり二つだ。武田は19年に6兆円超を投じてシャイアーを買収した。その後は買収で膨らんだ有利子負債を返すため、既存事業をどんどん売り払ってきた。足元ではビタミン剤「アリナミン」などを手掛ける一般用医薬品(大衆薬)事業の売却案件が進んでいる。
「軒を貸して母屋を取られた感じがする」
新しい会社を買収した結果、既存事業の売却を迫られるという構図は、時に従業員の反発を招く。武田が知名度の高い大衆薬事業を売却しようとしていることについて「寂しい気持ちがある」「軒を貸して母屋を取られた感じがする」という従業員の声があるのも事実だ。昭和電工の場合も、真っ先に売りに出ているのは日立化成の事業ではなく昭和電工側の事業。複雑な感情を抱く従業員は確かにいるかもしれない。
だが日立化成買収に社運をかけた昭和電工の森川社長に、そんな感傷に浸っている暇はなさそう。巨額買収の決断と同時に襲来した新型コロナウイルスまん延による景気悪化の影響もあり、決算はボロボロだからだ。
昭和電工が8月12日に明らかにした20年12月期の連結最終損益見通しは900億円の赤字(前期は730億円の黒字)。主力の黒鉛電極の苦戦と、日立化成の買収費用の二重苦が、過去最大の赤字を呼び込んでしまう。
事業売却を急ぐのには現金獲得によって借金を減らしたいという思惑もあるだろうが、より成長の期待できる事業に経営資源を集中させて、早急に稼げる企業体を取り戻さなければいけないという焦りもあるだろう。アルミ缶事業などは安定して利益は出しているものの、今後の国内市場の拡大可能性の低さなどを考慮して売却に傾いたとみられる。
必ずしも否定的に捉えられるわけではない
資本市場では巨額買収に伴う資産の入れ替えは必ずしも否定的に捉えられるわけではない。何もしなければ温存されていたかもしれない低成長事業が、買収をきっかけに売却されれば、ROE(自己資本利益率)向上につながるからだ。また売られる事業からみても、このまま既存の親会社の下であまり経営資源を割いてもらえないよりは、新たな買い主の下で目をかけてもらえる方が幸せかもしれない。
いずれにしろ、昭和電工がこの1年で大きくその形を変えるであろうことは紛れもない事実だ。コロナ下で世界の巨大M&A(買収・合併)が多く破談となる中、果敢に話を進めた森川社長。その決断が間違っていなかったと言われないためにも、これから選択と集中を加速していくに違いない。
(日経ビジネス 奥貴史)
[日経ビジネス電子版2020年8月17日の記事を再構成]

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